Your name is my favorite!!

付き合って少し経つ頃、青峰っちが言い出した。
「おい」
「はい?」
夕陽が射す下校途中の坂道。
並んで歩いていたら、ふいに青峰っちが立ち止まった。
振り返るとオレを見上げながら言う。
「そろそろ名前で呼びあわねぇ?」
突然の提案に固まってしまった。
目を丸くして、ぱちぱちしていると頭を小突かれてしまった。
「何か言えよ」
「え・・・、あ」
名前?
名前で呼び合う?
オレと青峰っちが・・・?
想像しただけで顔にガーッと血が巡る。
真っ赤になってしまった顔を見られるのが恥ずかしくて、両手を両頬に宛てがって青峰っちに背を向けてしまった。
名前で呼び合う。
それはつまりオレと青峰っちが・・・――
『大輝♪』
『涼太♪』
どうしてかひらひらエプロンを身につけたオレと、爽やかな笑顔の青峰っちがキッチンに並んでハート型のケーキにホイップして、いちごを並べている光景が脳内再生されて頭がボンッとヒューズした。
ふらふらとよろけると、
「あぶねぇ」
腕をガシッと掴まれて体を引き寄せられた。
見上げればすごく近くに青峰っちの顔が。
どきっ
つい目を逸らしてしまった。
掴まれた腕から伝わってくる体温。
少し高い、青峰っちの体温・・・。
――胸がどきどきして苦しいっス。
目を瞑って、どうしたら良いか逡巡していると頬に、ふにゅっという感触がした。
「ふぇ?」
青峰っちにキスされてしまったのだ。
「っ、な!?」
じたばた手を振って抵抗してみせるも、いつの間にか両手首を握り上げられて身動きがとれない。

「ちょ、やめてくださいっス・・・。こういうところではあまりイチャイチャしないでって言って――」
「涼太」
吐息と一緒に耳に吹き入れられた名前に、体が芯から熱くなる。
「涼太。涼太。涼太」
「わ、わかったっスから!何度も呼ばないで・・・」
そっと見上げてみれば、すごく真剣なまなざしで青峰っちはオレを見ていた。
「・・・っ!」
青峰っちのそういう目、オレはすごく苦手。
そんな目で見られたら、何も考えられなくなってしまうじゃないスか・・・。
「・・・――ぃき」
「あ?」
「・・・・・・――き」
「ああ?聞こえねーよ」
「もう!ならいいっスよ!!せっかくあんたが名前で呼べって言うから――」
発した言葉を飲み込まれる。
唇同士が重なり合って、動くたびにむず痒い。
手首を握っていた手が緩まって、手の平が重なり合って、指と指が絡まる。
茜色の夕闇に夜の帳を下ろすように、そっと瞼を閉じた。


それからおよそ一ヶ月ほどが経った今日。
「青峰っちが誕生日なんス」
部活の休憩中。
黄瀬にとっ捕まった黒子と緑間と紫原は暑そうに気怠そうな顔で各々黄瀬を見やった。
肝心の青峰はというと、担任から呼び出しを受けてしまったため今はこの場にいない。
「知ってますよ」
「だから皆でプレゼントの用意をしたのだろう」
「おかげで今月はお菓子節約しないといけなくなっちゃったし」
夏休みもそろそろ終わる。
それでもバスケ部の練習はほぼ毎日で、毎日学校に行っていると夏休みという感覚は薄れてしまう。
「十数年前の今日、青峰っちがこの世に生を受けたかと思うとまじで神様と青峰っちの両親に感謝するっス」
「黄瀬ちんうざい」
「暑いのだから少しは黙っていて欲しいのだよ」
「同感です」
蒸し風呂状態の体育館で、少しでも喚き散らされれば体感温度は上昇してしまう。
しかし、疲れきった様子の三人とは正反対に黄瀬は至って元気だった。
「恋人の誕生日ともなれば、これが騒がずにはいられないっス」
「何か別にプレゼントの用意とかしたんですか?」
「もちろん!」
満面の笑みの黄瀬。
そしてその笑顔を絶やすことなく、ポーズを決めて宣言する。
「『プレゼントはオ・レ♪』なーんて・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
三人がものすごくうざったそうな目で黄瀬を見た。
「あり?」
こてんと首を傾げて、黄瀬はきょとんとした態度を取ってみせた。

そこに、帰還した青峰が参上した。
「なにがプレゼントだって?」
「うわっス!?」
背後から声を掛けられて、思わず黄瀬は飛び退いた。
「あ、青峰っち・・・」
「んだよ」
「・・・なんでもないっス」
視線を逸らして頬を染める黄瀬に青峰は不敵な笑みを浮かべてみせた。
「『プレゼントはオレ』なんだっけ?」
「へ?」
「楽しみにしてるぜ」
ハハハ、と笑い飛ばす青峰のせいで黄瀬は顔から火が吹いた。
そんな二人を、うんざりとした様子で黒子と緑間と紫原は眺めていた。


練習が終わって、いつもの帰り道。
けたたましくセミが鳴く夕焼けの坂道を歩きながら手を繋ぐ。
ただでさえ暑いのに、手なんか繋いだら血液が沸騰して溶けてしまいそうだ。
「・・・そろそろいいだろ」
「なにがっスか?」
「名前」
「確か一ヶ月前にも同じこと言ってなかったスか?」
「さぁ?」
「そんなに名前で呼んで欲しいんスか?」
「そりゃあまあ」
そりゃあまあって・・・
これまた随分と曖昧な返事だ。
「だってさ。恋人同士なのにいつまでも『黄瀬』と『青峰っち』じゃ味気なくねぇか?」
「別にオレはそうは思わないっスけど」
俯いてぶつぶつ零す黄瀬を、立ち止まって青峰が見詰める。
「なんスか?」
「別に」
そしてまた歩き出す。
青峰の手には紙袋が提げられていた。
皆で用意したプレゼント。
欲しがっていたCDと、スポーツドリンクとタオルと制汗スプレー。
中学生が小遣いを掻き集めて買うには相場で手頃なプレゼントだった。
「・・・青峰っち」
「あ?」
「誕生日おめでとうっス」
改めて告げると、青峰は黄瀬を見下ろしてやんわり微笑んだ。
立ち止まると向かい合って、黄瀬の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫で回した。
「わっ」
「さんきゅー」
夕陽の眩しい光を背に立つ青峰がかっこよくて、思わず黄瀬は見惚れてしまった。
「『プレゼントはオレ』」
「はいっス?」
「楽しみにしてっからな」
「なっ!?じょ、冗談に決まってるじゃないスかそんなの・・・」
「はいはい」
「ちょっと聞いて――」

そうしてまた唇を塞がれる。
うるさく鳴いていたセミが飛び立つ。
静かになった坂道の上では互いの呼吸の音しか聞こえない。
口付けられたまま、黄瀬は今目の前に映る光景をしっかりと目に焼き付けた。
目を瞑って優しい顔でキスする青峰の顔と、その後ろの夕陽。
生ぬるい風とアスファルトの焦げた匂い。

唇が離れると、黄瀬はゆっくりと青峰に上目を向けた。
「・・・だいき」
「あ?」
「大輝、すきっス・・・」

今度は青峰の顔が赤くなる。
けれどそれは夕焼けの色なのか、熱のせいなのか分からない。
「っ・・・、オレもだよ」
小さく呟くと、繋いだ手に力が込められる。
「帰んぞ」
ぐいぐい引っ張られて歩き出す。

このままだと『プレゼントはオレ』が本当に実践されそうな予感がした。
それでもしっかりと離れないように、しっかりと手を握り返した。

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