きせわんこと狼あおみね 1

黄瀬涼太は今や一世を風靡しているタレント犬である。
さらさらの金髪と愛嬌のある笑顔。
整った顔立ちと甘いマスクは見る者を魅了する。
タレントとしての仕事は多忙で、ドラマやバラエティ番組、CMにも引っ張りだこの黄瀬涼太。
そんな彼にとって、たまの休日は唯一ひとりになれるプライベートな時間をとれる貴重なものだった。
今日も黄瀬は、ご主人様の買い物には付き合わずにせっかくの休みをひとりきりで過ごそうと思っていた。

「ふわぁ・・・」
あくびをして伸びをする。
いつの間にか眠っていてしまったようで、気が付いたら外はもうとっぷりと暗かった。
「あちゃあ・・・今何時っスか?」
近くにあった時計を手に取って見ると、時刻は6時。
外は暗いから夜の6時である。
とりあえず部屋の電気でもつけようか。
ベッドから降りて、窓のカーテンを引く。
ついでに換気でもしようかと、窓を開けようとした時、隣の家の窓から外を眺める相手と目があった。
「あ。赤司っちー!」
にっこり笑って手を振れば、赤司っちは特に表情を変えるでもなく静かに窓を開けた。
「ひさしぶりだな涼太。最近見ないと思っていたが」
「いやぁ、もう仕事が忙しくって忙しくって・・・赤司っちはどう?元気してたっスか?」
「まあな」
小さく微笑んでみせる赤司っちに少し心が和んだところで、ついでだからもう少し話していたいなーとか思った。
窓枠に両肘をついて、身を乗り出すようにすると、少しだけど赤司っちと距離が近付いたような気がした。
「赤司っちは今、なにしてたんスか?」
「特になにもしていないよ。少しだけ外の景色を見たいと思っただけだ」
「ふうん・・・」
ひゅうっと風が吹いて、オレと赤司っちの前髪を揺らしていった。
赤司っちはそのまま何も話さずに、赤と黄色の綺麗なオッドアイの目にオレの顔を映していた。
鏡みたいに、そこに映る自分の顔を見ていると何故か頭の犬耳がひくりと動いた。

「ねー、赤ちん。なにしてんのー?」
どこか遠くから聞こえてくる声。
その声に赤司っちの頭の猫耳がぴくりっと動いて音を拾うよう後ろを向いた。
「ねえねえ赤ちーん・・・」
またも聞こえた間延びした声に、赤司っちは両の猫耳をぴくぴく動かすと後ろを振り返る。
「待ってろ敦。すぐ行くから」
そうしてこちらをまた向き直ると、オレのことを真っ直ぐに見てから、
「じゃあな涼太。また今度」
それだけ言って窓を閉めてカーテンを閉め切ってしまった。
誰もいなくなった、カーテンの白しか見えない窓に向かってオレはひらひらと手を振った。
「ばいばーい・・・って、せめてオレにも言わせて欲しかったっス」



赤司っちの家のご主人様は確かつい先日、犬を飼ったって言ってたっけ。
偶然、仕事終わりに赤司っちのご主人様と会って、そのとき隣に大きな犬を連れていたんだっけ。
『赤司っちのご主人様、こんばんはっス』
挨拶をすると、「こんばんは」と返してきたその隣には見知らぬ犬がいた。
オレよりうんと背の高いその犬は、駄犬という称号がぴったりなほどやる気のない目をしていた。
『・・・誰?』
オレを見下ろすなり開口一番でそう言われた。
『黄瀬涼太っス。知らない?』
『・・・・・・なんかどっかで見たことあるような』
ぼんやりと宙を仰ぐ彼に隣のご主人様が笑いかける。
『黄瀬くんはタレント犬だよ。テレビか何かで見たんじゃないかな?』
『テレビ・・・』
そう言って顔を覗き込まれる。
くんくんと鼻を鳴らしてニオイを嗅がれる。
『なんなんスか・・・もう・・・』

なかば呆れ気味でいると、からっと笑ったご主人様にその犬が紫原敦という名前だというのを聞かされた。
体が大きすぎて食費がかかるからという理由で、たらい回しにされていた犬を新しく飼うことにしたのだと言う。



「世の中には物好きって、案外いるものなんスねぇ・・・」
窓枠に頬杖をついて考える。目の前の白いカーテン。
そもそも赤司っちも最近の猫にしては珍しい容貌だ。
尻尾は長いけれど鍵尻尾で、目の色は左右でそれぞれ違う色をしている。
最近は犬も猫も、変わったものよりは普通とか規格が好まれる時代だから、その中で赤司っちも紫原っちも居場所がないのは当然だ。
オレだって、どちらかといえば赤司っち達寄りだけど。
それを上手く利用して商売しているわけだし、それが苦ってワケじゃないし。

カタン、と窓を閉めて外の景色を遮断すると部屋の明かりを点ける。
机の上にそのままにしておいたファッション誌を手に取るとページを繰ってみる。
最新のファッションとかアイテムとか、そういったものを眺めているうちに嫌になって雑誌を放るとベッドに大の字に寝転がった。

やれやれ。
これじゃあ、仕事してるのと変わらないじゃないか。
せっかくの休日なのに、自分の仕事と一番近いところにあるファッション誌を眺めているなんて。
「うあー・・・」
無意味な声を上げてそっと目を閉じる。
何か楽しいことっないっスかね。
ひとりきりの休日だけど、何か刺激になって楽しいこと。

こんだけ毎日お仕事頑張っているんだから、ちょっとくらいなにかご褒美くださいっスよ。
ねえ、神様――・・・

コンコンッ

窓ガラスを叩く音がした。
きっと風か何かだろう。
だってここは二階だし。
普通に誰かがノックしたなんて、そんなこと有り得るはずがない・・・
しかしすぐに聞こえた叫び声にそんな考えなんて吹き飛んでしまった。
「オイッ!おい、お前!開けろ!!」
どんどんっ
「開けろっつってんだよ!!」
「だー!うっさいっスね!!なに・・・」
体を起こして見てみれば、窓から覗く顔。
ガラスの向こう。
「は?・・・ったくしょうがないっスね・・・」
窓を開けた途端に、そいつはすごい勢いで部屋の中に転がりこんできた。
「わっ!ちょ・・・なに・・・?」
「ばっか!静かにしろ」
すぐに部屋の壁に背を預けると、そいつはオレの体を抱き寄せて外から見えないよう一緒に隠れる。
手で口を塞がれてしまい、下手に抵抗はしない方が身のためだと判断して大人しくした。
黙って上目に相手を見る。
色黒の肌と鋭い目つき。
ピンと尖った耳からして、やはり狼であることは間違いなかった。

(・・・すげぇ。オレ、野生の狼なんて初めて見たかも)
ものすごい集中力で外の気配を窺うその横顔を黙って見ていると、胸の内に感じたことのない何かがじわじわと溢れてきたような気がした。
かっこいい・・・、素直にそう思った。
「ふぅ・・・助かった・・・」
やがて緊張の糸が途絶えると、ずるずるとそこにへたり込む。
「お前のおかげで助かったぜ。ありがとな」
「・・・どういたしましてっス」



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