クランベリーイルミネーションズ

京都へ向かう新幹線のなかで、黒子は窓の外の景色が忙しく変化していくのを感じていた。それはまるで、今まで生きていた十何年かの人生を一気に早送りしているフィルムみたいに、視界から飛び込んで映像を伝えてくる。
膝に乗せた赤い袋でラッピングされたプレゼントを、確かめるようにして抱き締める。
もうすぐ会える。
そう思うと、わくわくともどきどきとも取れぬ、嬉しいような緊張しているような不思議な感覚に見舞われて、黒子はそっと目を閉じた。
「ふぅ」
小さく息を吐いて気持ちを整えようと、胸に手を当ててみる。
瞼を下ろした真っ暗な世界の裏を、外の景色に合わせてちかちかと光の粒子が煌めいた。
蛍のように淡く輝く光の中にぼんやりと浮かぶ赤い色。
それは今、自分が求める彼の姿で、その真っ赤な色を宿した頭がゆっくりとこちらを向く。
あとちょっとで顔が見えそうなところで、ハッとして黒子は目を開けてしまった。
腕の隙間から落ちそうになっていたプレゼントを持ち上げて両腕で抱え込むと、その袋に顔を埋める。

赤司くん、ボクは早く君に会いたいです・・・

小さくそう願う、窓の外の景色は止まることなく流れ続けていた。



京都なんて、修学旅行ぶりだ。
慣れない大きな駅は実に人が多い。
大きな荷物を持った人が行き交う構内を見渡す。
この広い駅の一体どこに、赤司くんはいるんだろう?
そう思って、用意しておいた地図を取り出して歩き出そうとした時、ぐいっと後ろから腕を掴まれた。
「テツヤ」
耳に響くはっきりとした声に、黒子が目を真ん丸に開いて振り向いた。
「赤司くん・・・!」
驚いて声を上げる黒子に、赤司の口元に笑みが浮かぶ。
「ひさしぶりだな。はるばる京都へようこそ」
柔らかく微笑む赤司に、黒子の頬がほんのり赤く染まった。
「・・・おひさしぶりです」
様子を窺うように上目を向けて窺う赤司の姿は、中学時代と比べてどこか大人びて見えた。
短く切り揃えられた前髪が端整な顔と、そこに嵌め込まれた美しい二色の目を際立たせている。
まだ少年のあどけなさの残る容姿を包むグレーのロングコートが、肌の白さを強調させ、色気にも似た大人っぽさを醸し出していた。
「じゃあ行こうか」
そう告げると、赤司は黒子の手からキャリーバックの柄を取って歩き出した。
すぐに黒子が横に並んで赤司を見上げる。
「あ、あの赤司くん・・・」
「ん?」
「自分で持てますから、大丈夫です・・・」
そう言ってキャリーバックを奪い返そうとすると、赤司がにこりと微笑んだ。
「大丈夫だよ」
どきっ
完璧すぎるその笑顔に、心臓が大きく脈打ってしまった。
思わず目を逸らして俯くと、黒子は小さく呟いた。
「・・・ありがとうございます」

そうして着いたのは駅近くのホテルだった。
今日から二泊、黒子はここに泊まることになっていた。
部屋に通されるや否や、黒子はびっくりして扉を入った所に立ち止まった。
そんな黒子を赤司が不思議そうに振り向いた。
「どうしたテツヤ?」
「赤司くん、あの・・・」
「ん?」
「どうしてベッドが二つあるんですか?」
「僕も一緒に泊まるからだよ」
「えっ・・・」
思わぬ返答に黒子がこぼれ落ちそうなくらい目を開いて赤司を見詰めた。
「嫌か?」
「え、いえ・・・嫌というわけではないのですが・・・」
おどおどと視線を逸らす黒子に赤司が近付く。
目の前に立つ赤司を見上げて、黒子が顔を真っ赤にした。
「嫌じゃないなら問題はないだろう?」
ふふっ、と浮かべる意地悪な笑みについ黒子は見惚れてしまった。

やっぱり赤司くんはこういう顔がよく似合う。
赤司くんにこういう顔をされると、体の奥がぞくぞくっとして、胸がきゅうっと甘く締め付けられてしまうのだ。

「何を考えているんだ?」
「へ!?」
「なにか別のことを考えていたように見えたが?」
「あ、その・・・」
なんだか恥ずかしい。
逃げたくなってきて後ずさると、背中が扉にぶつかった。
赤司の指先が、とんっと扉に触れる。
平面を撫でるようにして手の平を扉に押し付けると、赤司は黒子を追い込んだ。
距離が近付いて顔を覗き込まれる。

目を背けることができない。
なぜなら赤司の目がとても綺麗な色をしていたからだ。
濁りのない、純度100%のガラス玉のような目の奥は、じっと見ていてもどこまでも同じ色をしていた。
「テツヤ・・・」
空気を切るみたいに、はっきりとした赤司の声が吐息となって黒子の前髪を揺らした。
「返事は?」
「はい・・・」
「僕と一緒に過ごすのは嫌か?」
「・・・嫌じゃないです」
そう答えると、赤司は満足したような顔をして黒子の頬を撫でた。
「ただ・・・短い間かもしれないですけど、赤司くんとずっと一緒にいられるんだって思ったら、なんだか頭が混乱してしまって」
困ったように黒子が笑う。
その顔を見詰めて、赤司が黒子の髪を撫でた。

「会いたかった」
「・・・ボクもです」
そうしてそのままキスをする。
ちゅっと小さく音を立てて何度か啄んでから、どちらからともなく見詰め合うと互いにぎゅっと抱き合った。

黙ったまま流れる時間。音のない時間。
静寂は時間の感覚を麻痺させる作用がある。
どれくらいそうしていたか分からなかったけれど、いつまでもこうしていたいと思う気持ちを振り切って、黒子がそっと口を開いた。
「誕生日おめでとうございます」
赤司が体を離して黒子の顔を覗き込んだ。
「赤司くんにプレゼントがあるんです」
そして差し出すのは、例の赤いラッピングのされた袋だった。
受け取った赤司が「開けてもいいか?」と尋ねると、黒子がこくりと頷いた。
袋を縛る金色のリボンがするりと解かれて宙を閃く。
袋の中から赤司が取り出したのは、チョコレートみたいな茶色とキャラメルみたいな黄色のチェック柄をした長い長いマフラーだった。
「赤司くんに合うと思って・・・」
遠慮がちに言う黒子の体を引き寄せて、赤司がちゅっと頬にキスを一つ落とした。
「ありがとう。すごく嬉しいよ」
すぐにマフラーを蛇みたいにぐるぐると首へ巻いていく。
よく見ると、落ち着いた色合いのチェックの合間を赤司の髪によく似た色の赤いラインが縫うようにして彩っている。
思った通りの出来に、黒子が嬉しそうににっこりと笑うと赤司がその手を取って握った。




正確には、今日は12月20日を既に2日も過ぎてしまっていた。
できることなら誕生日当日に赤司のそばで祝いの言葉を告げ、プレゼントを渡したかったのだが、高校生という身分がそれを邪魔させた。
仕方なく電話とメールで想いを伝えると、終業式の直後に黒子は新幹線へと飛び乗った。
着替えの時間も惜しまれるくらいで、だから黒子は制服のままだ。
「寒くないか?」
「大丈夫です」
制服の上にダッフルコートを着込んで、中学時代から使い慣れたマフラーで防寒する黒子の手を握ったままに、赤司は黒子をある所へと連れて行こうとしていた。

「赤司くん」
「なんだ?」
「ボク、赤司くんとこうしていられることがなんだか夢みたいで怖いです」
言葉を紡ぐ黒子の口から、真っ白な息がふわりと漏れる。
「できれば、赤司くんとずっと一緒にいたかった・・・」
寂しそうに目を伏せて、黒子は赤司の手をきゅっと握り返した。
「赤司くん・・・やっぱり京都は遠いです。会いたくても会いに行ける距離じゃないです」
「そうだな」
「だから時々すごく不安になるんです」
二人が歩く京都の街は、何一つとして京都らしい要素なんてなかった。
古い建物も、金色に輝く寺も、真っ赤な鳥居も見当たらない。
ただあるのは、たくさんの人が行き交う繁華街。
東京で見かけるのとたいして変わらない、そういう景色だけだった。
東京から京都へ向かう新幹線で見た景色。
移り変わっていく景色。
本当は京都に来たなんて嘘なんじゃないかって思ってしまうくらい、全ての感覚が狂ってしまいそうだった。

赤司くんはけして遠くになんて行っていない。
自分と同じところにいつもいる。
京都の街を歩きながら黒子は思った。
それでもどうしても――

「赤司くんの気持ちが離れていってしまうみたいで怖いんです・・・」

ぽつりと零して黒子が立ち止まる。
つられて赤司も立ち止まると、俯く黒子をそっと見下ろした。
道路を走る車や、雑踏の波が忙しく流れる景色の中で、黒子と赤司の二人だけがそこに立ち止まる。
まるでそこだけ時間が切り離されてしまったような、そんな感じだった。

「・・・テツヤ」
優しく声を掛けた赤司が、黒子の体をやんわりと抱き締めた。
すがりつくようにして、黒子が赤司の背に手をまわしてぎゅうっとしがみつく。
「赤司くん・・・赤司くん・・・っ」
黒子は泣いていた。
胸に染み入る雫を感じながら、宥めるように赤司はその頭を撫でてやった。
「馬鹿だなテツヤは。僕の気持ちが離れていってしまうなんて、そんなことあるわけがないだろう?」
「うっ・・・く、ぅ・・・」
「もう泣くな。泣いたら大切なものが涙と一緒に全部溢れ出てしまうよ?」
「・・・ぅ」
赤司の胸に顔を擦り付けてから、涙でぐしゃぐしゃに濡れた顔で黒子が赤司を見上げた。
「赤司くん・・・」

ああ。だめだ。
迷惑かもしれないって分かっている。
今、こんなことを言うべきじゃないって分かっている。
それでも、どうしてもボクは――

「好きです・・・」

君が好きでたまらない。




依然、泣き止まないままの黒子をつれて赤司はホテルに引き返した。
部屋に入るとすぐに、黒子を力一杯に抱き締めて口付けた。
慌ただしくコートとマフラーを脱ぎ捨てると、黒子の体をベッドへ押し倒して、服を一枚一枚剥いでいった。
電気のない真っ暗な部屋でもよく分かるくらい、幽霊みたいに黒子の体は透けるように白かった。
「・・・テツヤ」
涙で濡れて冷たくなった頬をぺろりと舐めて、見つめ合うとまた口付け合う。
舌を絡めてから離れると、赤司は黒子の体中に唇を落としていった。
まずは首筋に吸い付くと、そこに鬱血の痕を数個残してから、今度は胸と脇腹、さらには脚の間の際どいところにいくつも所有のシルシを残した。
そうされることが嬉しくて、待ち望んだように黒子が「あっ・・・」と気持ちよさそうに声を上げた。
赤司が胸の先の小さな粒に吸い付いた。
「あ、やぁ・・・」
吸い上げられて、舌で押しつぶされて齧られると黒子が切なそうな声を上げた。
「・・・気持ちいいか?」
尋ねる赤司を潤んだ目で見下ろして、こくこくと黒子が頷く。
「そうか。僕も正直余裕がないよ」
赤司の頬が少しばかり紅潮しているように見えた。
「あの、赤司くん・・・」
もぞもぞと黒子が体を動かした。
「・・・してもいいですか?」
赤司がきょとんとした顔をしてみせた。
恥ずかしそうに、手を伸ばした黒子が赤司の股間を撫で上げる。
「せっかくひさしぶりに会えたんですし、今日はボクからしてあげます」
黒子の意図を察した赤司は、余裕そうな笑みをふっと見せると黒子の上から退いた。
ぎこちない手つきで赤司の下肢を寛げた黒子が、取り出した昂りにそっと顔を近づける。
少しだけ芯をもったその欲望の先端に舌先を押し当てて、手で幹を扱きながら舐め上げる。
四つん這いになって舐める黒子の姿に、赤司はごくりと喉を鳴らした。
薄い舌が、あどけない動きで快感を誘ってくる。
それがたまらなく愛おしくて、可愛くて、よしよしと赤司は黒子の頭を撫でてやった。
「んっ・・・ふ、ぅ」
嬉しいのか、鼻から吐息を漏らしながら黒子が深く欲望を呑み込む。
ちらりと上目遣いで赤司を見やれば、余裕そうにしてみせるその顔に浮かんだ艶に、黒子の下も反応を始めていた。
それに気付いた赤司が、そっと黒子の欲望を擡げた。
「んんぅっ!んっ――」
とろとろに蜜を零す窪みを指先でくすぐってから、それをぬるぬると先端に擦りつけると、手の中のそれがさらに成長した。
黒子の口内がよりいっそう熱を帯びて痙攣したようにひくひくと震えたのが分かった。
「っ、ちゃんと舐めなよテツヤ・・・」
「ふぅっ、うん・・・」
ぴちゃぴちゃと音を立てて舐められれば、溢れた唾液と蜜がシーツに滴る。
汚していけない、と分かってはいながらもそうはならないのが現実だ。
ぐちょぐちょに濡れた黒子の雄から透明を掬い取ると、赤司はその指を滑らせて後ろの窄まりをくすぐった。
四つん這いになった体勢のおかげで割れ目が開かれ、意外にスムーズに指を挿入することができた。
浅い部分を小さく抜き挿しすれば、くちくちという水音がした。
どろどろに溢れた先走りと、黒子の顎から滴る唾液と粘液を掬って利用して、後ろをゆっくりと慎重に解していく。
後ろを弄られているせいで、いつしか黒子の舌の動きは止まっていた。
赤司が黒子の髪を優しく掴んで、顔を引き剥がすと覗き込んで微笑みかける。
何も言わずにまたも黒子を押し倒すと、両脚を抱えて身を乗り出す。
「好きだよ――テツヤ・・・」
囁くと、膨張して大きくなった熱の楔でゆっくりと黒子の体を貫いた。
「あぁッ――!?」
一気に奥まで突かれて、その衝撃に黒子が熱を弾けさせてしまった。
それとほとんど同時に赤司も黒子の中に滾る熱を全て注ぎ込んだ。
体が内側が焼かれるような、そんなアツイ感じがした。

「は、あ・・・はぁ・・・赤司く・・・」
「テツヤ・・・」
繋がったまま、ぎゅっと隙間なく抱きしめ合う。
黒子の体を強く抱いて赤司が言う。
「僕はお前を離さない・・・絶対に」

好きな気持ちは変わらない。
どこにいたって変わらない。
いつもいつも思うのは、君というたった一人の唯一無二の愛しい存在。

「僕から離れるな、テツヤ。ずっと僕だけを信じて、感じていればいい・・・」
「ぅ・・・」
じわりと黒子の目に涙が浮かぶ。
震える黒子の目を赤司が真っ直ぐに見据える。

真っ暗な部屋に輝く赤と金色のガラスのような目が、何ともいえない強い光をたたえている。
それはまるで、暗闇を照らすクリスマスのイルミネーションのようで・・・
美しすぎて見ていると涙が溢れて止まらなかった。





「・・・本当はテツヤに見せたいものがあったんだ」
二人で一つの布団にくるまって、ベッドで身を寄せ合う。
外はきっと寒いだろう。
でもここはあたたかかった。
人肌はどうしてこうも気持ちがいいんだろう。
「見せたいもの・・・ですか?」
「ああ」
「なんですか?」
「イルミネーション」

答える赤司の目が、真っ暗な窓の外へと向けられる。
「京都にも東京に引けをとらないくらい素晴らしいイルミネーションがたくさんあると聞いてな。是非、テツヤと一緒に見に行きたかったんだ」
赤司が黒子の手をぎゅっと握った。
一本一本指を絡ませて、離れないように握り締める。
「また明日、見に行けばいいじゃないですか?」
小さく笑う黒子を見やって、赤司も小さく微笑んだ。
「そうだな」
少しばかり視線を動かした黒子の視界の端に、赤司に与えたマフラーが映った。


「ねえ赤司くん」
すりっ、と赤司に身を寄せると、その唇に軽くちゅっとキスをする。
「ボクと出会ってくれてありがとうございます。ボクを好きになってくれてありがとうございます。こんなにもボクを大好きな気持ちで一杯にしてくれてありがとうございます・・・」

赤司の瞳が揺れた。
ガラスなんかじゃない。氷が徐々に溶けていくみたいに、ぼんやりと淡く揺らめく。
その瞳の奥に、最高の言葉を送ろう。

「Happy Birthday――赤司くん・・・」

たった一人の大好きな君へ。
生まれてきてくれて、ありがとう。






[ 8/346 ]



[もどる]
[topへ]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -