Melty kiss greentea

雪。
真っ白な雪。
どこまでも白い雪。
舞い降りて降り積もった雪は踏まれて泥になりどこかへ流れていく。
ぐちゃぐちゃになって、黒く濁った氷の塊が表面を覆う道を人々は邪魔だと顔を歪めて歩いていく。

「・・・全く勝手なのだよ」
「なにがですか?」
外はもう暗い。
部活終わりの帰り道でのこと。
方向が同じというだけの理由で、黒子と緑間は一緒に並んで歩いていた。
足下の雪が踏まれる度にじゃりじゃりとした、みぞれみたいな音を立てる。
「・・・雪、溶けてしまいましたね」
路肩に積まれた泥やゴミの混じった黒ずんだ汚い雪。
それを眺めながら、黒子が少しだけ寂しそうな顔をした。
「雪が好きなのか?」
「・・・はい」
「なぜ雪が好きなんだ?」
「さあ・・・」
大きな目が宙を泳ぐ。
薄い青の目が魚みたいに不安定にふらふらと泳ぎだす。
「あれですね。雪を踏む感覚が好きなんですよ、きっと」
「感覚?」
緑間が眉根を寄せる。
「それは一体どういったものなのだよ?」
「えーっと・・・」
踏み固められてがちがちに凍った地面。
滑らないよう回避して車の轍を歩いていく。
「・・・雪を踏むと、わくわくしません?」
答える黒子を横目で見やる。
しかしその角度は眼鏡の射程範囲外。
顔ごとそちらを向かなければ、黒子の顔の輪郭がぼやけてはっきりと見えないのだ。
緑間が足を止めれば、黒子も倣って立ち止まる。
「どうして雪を踏むとわくわくするのだよ?」
「わかりませんけど」
二人の横を車が通りすぎた。
チェーンタイヤが雪だか氷だか地面だかを削るやけに耳障りな音を響かせて。
ようやく車と音が遠ざかると黒子がゆっくりと口を開いた。
「じゃあ、今から雪を踏みにいってみます?」


そういうわけで、やってきたのは土手だった。
土手に上がったところの歩道は通行人も多いせいか、きちんと雪が退けられ道になって足を下ろせるようになっていた。
しかし、そこから見下ろす斜面から先に広がる河川敷はまだ一面が真っ白な雪景色であった。
「・・・寒そうだな」
どうしてか雪を見ているだけで、さっきよりマイナス5度は気温が下がったような気がしてならない。
「行きましょう」
肩を窄めてコートのポケットに手を突っ込む緑間を、ちょいっと引っ張って黒子が誘導する。
河川敷に降りるための階段はなんとか段差が分かる程度で、慎重に一段一段を下っていく。
既に自分たちより先に降り立った者がいるらしく、よく見ると河川敷の雪原にはいくつかの足跡が方向をばらばらに散っていた。
「じゃあ、緑間くん。どうぞ」
「は?」
「雪を踏んでみてください」
突然の振りに緑間が足下を見下ろす。
夕闇の暗がりのなかでも、雪の表面の氷の粒子はきらきらと光を放っていた。
悪い気はしなかった。
そっと足を踏み出してみる。
ずぼっ
足が雪に埋まった。
思い切ってもう片方を踏み出して雪を踏む。
何とも表現し難い鈍い効果音。雪を踏む音。
振り返ると、黒子が何かを期待するような眼差しで緑間をじいっと見上げていた。
「・・・なんなのだよ?」
「感じました?」
「なにをだ?」
「わくわく」
そう言われても、はっきり言ってよく分からない。
眉を顰めて、もう一度緑間が雪を見下ろす。
ゆっくりと足を上げて、まだ踏まれていないところへ足を下ろす。
今度はさっきより少し固い感触がした。
「・・・よくわからないのだよ」
答えると「はあっ」という溜息がした。
「やっぱり緑間くんには無理でしたか」
「おい」
馬鹿にされたような口調にイラッとして振り返ろうとしたら不意打ちで、どんっと背中を押された。
「ッ!?」
緑間がバランスを崩して雪の中へ倒れこんだ。
咄嗟に着いた手が雪の中にずぶずぶと埋まっていく。
まるで底なし沼に突き落とされたかのような気分だった。

「・・・黒子」
ぎろり、と睨み上げると黒子は面白そうにクスクスと笑っていた。
「緑間くん、眼鏡大丈夫ですか?」
「黙れ」
雪を踏んで黒子が緑間に近寄る。
そばまでくると、軽く屈んで黒子は緑間の頭に乗った雪をはたいてやった。
「でも緑間くん、雪似合いますよ?」
「別に嬉しくないのだよ」
可笑しそうに黒子がくすくすっと笑う。
夕闇のせいで、黒子の顔がよく見えない。
「黒子・・・」
「はい・・・――わ!?」
緑間が黒子の足首を掴んで引けば、黒子の体が後ろへ倒れ込む。
雪の上へ仰向けに倒れる体。
その上に覆いかぶさると、緑間が真上から黒子の顔をじっと見下ろした。
「・・・なんですか?」
動揺の色も無しに軽く微笑む黒子が、手を伸ばして緑間の頬に触れると滑らせた指先で眼鏡のブリッジを摘まんだ。
カチャリ、音を立ててそのまま眼鏡が取り外される。
「眼鏡がないと雪の精霊みたいですよ」
にっこりと笑ってみせる黒子の顔。
眼鏡を奪われてしまったら、その顔を見たくても見ることができないじゃないか。
「緑間くんは肌も白いですし、正直顔は黄瀬くんよりも整っているような気がしますが・・・」
ふにっ
黒子の唇を緑間が指先で押さえ付ける。
無言で「黙れ」と指示されて、言うとおりに黙った黒子が大きな目で緑間をただ見詰め返す。
暗くなった空のはるか上空にうっすら浮かんだ月をその目に映して。
雪と同じくらい白い月。
黒子の薄い青の目。
湖の表面に映し出された月がゆらゆらと揺れ動いているみたいだった。

吸い寄せられるようにして緑間が顔を近づければやがて唇が重なる。
軽く小さく、触れ合うだけのキス。
すぐに唇が離れると、至近距離で見る黒子の目に緑間が挑戦的な笑みを「ふっ」と見せつけた。
「眼鏡は返してもらおうか」
ひょいっと奪い取った眼鏡を装着し体を起こす。
コートに付いた雪を払い落とす緑間の足下で、黒子はまだそのまま寝転がったままだった。
ぼうっと夜空を見ながら確かめるように唇を指先で何度も何度もなぞる。
「どうしたのだよ?」
「いえ・・・」

ほんのりと黒子の頬が朱色に染まる。
静かな雪の中で、心臓がトクントクンと鼓動を打つ音が木霊して響いた。

「間違ってました・・・」
ぽつりと聞こえた小さな声に緑間が黒子を見下ろす。
「ボクはずっと雪を見るとわくわくするような気がして楽しみにしていましたが、これからは多分きっと違いますね」
背中に感じる雪の冷たさなんかどうでも良かった。
むしろそれを溶かしてしまうのではないかというくらい、体の芯がアツイ。
「雪を見たら、きっとどきどきしてしまいます・・・」
黒子が両手で顔を覆い隠す。
その指と指の隙間から、ちらりと覗いたつぶらな目で緑間をじっと見上げる。
「緑間くんのせいですよ・・・?」
どこか愛らしいその仕草に、不覚にもドキリと胸を鳴らした緑間がふいっと顔を背けた。
「っ、知らないのだよ」
そんな緑間の態度に黒子が小さく笑ってみせる。
「いいから早く帰るのだよ。いつまでもこんなところにいたら風邪をひいてしまうだろう」
黒子の腕を掴んで、緑間が引き上げる。
寝転がっていたところに黒子が寝ていたままの形で窪みができていた。
「体が冷えてしまっているのだよ」
「緑間くんがボクを転ばせたせいです」
「先にしたのはどっちだ?」
黒子の体に付いた雪を払ってやる緑間。
屈んだら頭を撫で撫でされて、緑間はすごく嫌そうな顔をした。
「帰るぞ」
緑間が黒子の手を握る。
離れないように、ぎゅっと強く握られる手。
驚いたような顔をしてから、少し間を置いて黒子が幸せそうに微笑み返した。
「・・・はい」
ゆっくりと雪を踏んで歩き出す。

「黒子」
「はい?」
「来年も雪が降るといいな」
振り向きもせずにそう言う緑間の横顔を黙って見上げたまま、黒子が小さく唇を震わす。
「・・・来年まで待てません」

きゅっと握り返した手にそっと願う。
氷が溶けるようなキスを。
体が蕩けてなくなってしまうようなキスを。
雪の代わりにもっともっと、たくさん降らせてくださいね、と。




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