シンクロ次元にて

「今日も凄く盛り上がったねー」
 シンクロ次元に来て二日目、デニスと権現坂は帽子に入れられた小銭とマジックの小道具を仕舞いながら二人は宿に帰る準備をしていた。渋々デニスの手伝いをする権現坂の顔は厳しい。一刻も早く遊矢たちを探しに行きたいがデニスに丸め込まれ今日も一日路上パフォーマンスを行っていた。
「権ちゃんそんな顏しないしない。そんなに遊矢くん頼りない?」
「確かに打たれ弱い面もあるが頼りないことはない」
「そっか!親友の権ちゃんがそう言うなら大丈夫だね心配する事ないよ。大道芸続けて目立っていれば噂を聞きつけた遊矢くん達の方から会いに来てくれるよ。下手に動いてすれ違っちゃうよりずっといいさ」
 片付けの終わったデニスは権現坂を急かすように引っ張り宿に戻った。


 シンクロ次元に来て初日、足元に置いた帽子の中には予想以上に小銭が集まった。通貨も違う異次元だが取りあえず宵越しの銭に困るという事はないだろう。そうはいっても異次元だ。異邦人がそうやすやすと溶け込むのは難しい。何より目下の悩みは今晩泊まるところであった。野宿という手もあるが治安がよいとは言い難い場所も多い。一般人の権現坂もおり下手にリスクも犯したくないデニスは観客を笑わせながらも頭を働かせていた。


「通行人の層変わって来たね」
 日も大分傾いてきた。みなデニスたちの方を見るものの早足で去っていく。早く家で夕ご飯を食べたいのか家に帰りを待つ家族がいるのか。
「そろそろ店じまいしようか。」
 はぐれた仲間の事で頭が一杯だったような権現坂も少し落ち着いてきたようだ。
「もうこんな時間か。とにかく皆に合流出来たらいいんだが」
 不動を信念にしている権現坂も見知らぬ土地で殆ど喋った事もないデニスと二人きりだは落ち着かなかったし何よりあと少しで夜が訪れるのが怖かった。
「合流は明日にして今日の所はまず宿探そう?」
「ビジネスホテルみたいな建物はありそうだが子供二人を泊めてくれるかどうか……」
「面倒くさいし僕と兄弟って事にしたらいいけど、そういうきちっととこは身分証が無いと泊めてれないと思うよ?それよりこっち側で探した方がまだ可能性ありそう」
 そう言い人通りの多い方と反対の、寂れた住宅街のようなところを指さした。舞網市には無い雰囲気を漂わせており、顔を引きつらせる権現坂とは反対にデニスはいつもと変わらない、軽い笑顔を浮かべたまま中に入って行った。


 住民たちを刺激しないよう大人しく、かつ素早く辺りを見回していた二人は、丁度良い感じの寂れたホテルを見つけた。泊められないと一度は断られたもののデニスの得意の話術で受付の女性を言いくるめた。諜報員として動いているデニスである、訳ありも泊めているだろう事は予想がついたし、今までにもそういう経験はあった。


 狭く整備されているともいえない部屋であったが野宿よりはずっといい。デニスは長い一日が終わりを迎えた事に胸をなでおろした。
「泊まるところ見つかって本当に良かった!これで夜も安心して眠れるね」
「ああデニスがいてくれて本当に助かった。だが明日こそは遊矢たちを探すぞ」
「明日の事は明日考えよ。取りあえず明日に備えて今日はもう寝る準備した方が良いね。僕も今日一日働きづめで疲れちゃったし権ちゃんもでしょ?」
 部屋に入り気が抜け、権現坂も一気に疲れが出た。二人は黙って身支度をした。

 もし赤馬零児がそのままアカデミア行きを行っていたら今頃はプロフェッサーにセレナを届けて今頃はゆっくりとベッドにもぐりこめていただろう。それより無事柚子を送り届けたユーリと乾杯をするのが先か。心から楽しそうに柚子を捕まえたときの様子を語ってくれるかもしれない。面白いことが大好きな彼の事だ、きっとただ捕まえただけじゃなく彼なりに楽しいゲームにしただろう。聞くだけで一緒に冒険したような気分になれるかもしれない。
 楽しい想像は膨らむが、現実は柚子を捉えられなかったどころか行方不明で自分もセレナを送り届けるどころか居場所すら分からない。セレナがシンクロ次元にいるかの保証もなく他の次元に飛ばされていたら厄介である。明日も早いし考えたところで現実が変わるわけでもない、デニスは頭の回転を止め眠りについた。


 目が覚めたデニスは見知ったアカデミアでもスタンダードでもなくシンクロ次元にいることを実感した。気持ちを入れ替えようと大きく伸びをすると権現坂も起き出した。昨日の疲れから朝寝坊するだろうし少しこの辺りを探ろうと思ったがそれも出来そうにない。単独行動をすれば権現坂は怪しむだろうしもしその間権現坂の身に何かあればそれも言いつくろうのが難しい。もう少し寝ていてくれても良かったのに、と思いながらも悟られないよう笑顔で挨拶をした。
「おはよう。見て良い天気だよ。晴れてよかったね」
「今日こそは遊矢に合流しなければ」
「それより先にまずはモーニング!ほら早く支度して。今日も一日頑張らないと」
 口では強がっているが権現坂も仲間と離れ得体のしれない留学生と二人きりで不安なのだろう。仲間に会いたいのは権現坂だけじゃないが少し可哀想になった。


 二人はパン屋で買ったパンを食べながら昨日と同じ場所で人通りが増えるのを待った。
「じゃあそろそろ始めようか」
 探しに行きたいのはやまやまな権現坂もデニスに押され昨日のようにデニスを応援していた。数日で成果の出るような作戦でもないがいつまでもここでのんびりしているわけにもいかない。通行人を喜ばせるだけの結果に終わりそうで態度には出さなかったもののデニス自身も内心焦りは感じていた。


「もう日が暮れてきたね。今日もこの辺りで切り上げようか」
「今日も遊矢は通らなかったな」
「これだけの人通りなら通ってもおかしくないと思ったんだけどね。だけどここも不思議な次元だよね、アカデミアみたいに戦争こそしていないものの平和な世界、とは言い切れないみたいだし」
 通る人を見ているだけでも、舞網市以上に市民のなでも明暗が分かれていそうだ。ここで立っているだけで得られる情報は少ないが何も得られなかったわけでもない。アカデミアに戻った時ユーリやプリフェッサーにどこで遊んでいたのか詰め寄られた時手土産一つ位ないと何を言われるか分からない。プロフェッサーのことだ、抜かりなくシンクロ次元の事も調べているだろうが元々の任務ではないのだから言いっこなしだ。

 
 二人はまた宿に戻った。昨日とは違う雰囲気の疲れが権現坂を覆っている。普通の人ならこの辺りで潰れそうだがさすがランサーズの一員としてシンクロ次元について来るだけの根性があると感心した。
そうは言っても身支度を済ませるとベットに腰をかけたままうつらうつらしている姿は、まるで迷子であることを必死で否定しようとしている子供みたいだ。
「権ちゃん起きて起きて、そんなとこで寝てると風邪ひいちゃうよ」
「ん……かたじけない」
 権現坂は寝ていた事に気付き慌てて立ち上がりストレッチをした。まだ寝る時間とは言えない時間だが、起きていたところで仕方ないし寝ていてくれた方がデニスにも都合が良かった。
「権ちゃん大丈夫?大分疲れたんじゃないの?そろそろ僕も疲れてきたし寝ようよ」
「まだそんな時間ではないしこうしていう間にも遊矢たちに何かあるかと思うと」
 無意識だろう大きな声を上げた権現坂をなだめるように苦笑いした。
「そんな事言ってもみんなきっと僕たちみたいに何とかやってるよ。現に僕たちだって2人だけど何とかやってるじゃん。案外僕たち以外のランサーズはみんな一緒で今頃高級ホテルで接待受けてるかもしれないよ?だから僕たちも再会した時に備えて体休ませなきゃ」
「まあそれはそうだが……」
 頭では分かっていても感情で納得しきれない権現坂を無視してデニスは部屋の電気を消した。
「僕も一日ショーして疲れたしもう寝るね、おやすみ権ちゃん」
 納得はしていないようだが権現坂もベッドに入った。


 静かな時が流れた。権現坂が寝入った様子はない。体を動かす音が聞こえてくる。そう簡単に寝てくれないだろうと分かっていたのでデニスも寝てしまわない程度に体の力を抜いた。
「起きているか……?」
 寝ていたら築かない程度の大きさで権現坂が話しかけてきた。寝ているふりをしようか迷ったが何か疑問があるなら解決した方が眠りやすいだろう、そう考え何?と眠そうな声で返事した。
「聞こうと思って忘れていたが、シンクロ次元に行く前見るからに動揺していたじゃないか、どうしてだ?」
「え?あ、あれね……融合次元行くと思ってたからさー、シンクロ次元って急に言われたら驚くじゃん?」
 あの時は動揺していたがみな同様していたし気付かれていない気がしていたがそうでもなかったのか。下手に勘ぐられたら困る。ただの中学生の集まりのように思っていたが赤馬零児の人選は思っていたより的確かもしれない、若き天才の実力がいか程か気になった。
「融合次元もシンクロ次元もさして変わらないように思えるが」
「そう?融合次元は何だか普通そうだけどシンクロ次元はもしかしたら19世紀みたいなのかもしれないじゃん。そう考えるとやっぱりちょっと怖いし」
 権現坂は黙った。納得はしきれていないかもしれないが反論を続ける程何か引っかかるものも無いだろう。
「遊矢くんと再会した時気が抜けて倒れちゃったら格好悪いよ。だから休めるときに休むのもランサーズとしての使命!もう用が無いなら僕は先に寝させてもらうね」
「それもそうだな、付きあわせて悪かった」
「今は悪い風に考えちゃうけど思ったより物事って上手く進むものだよ。Take it easy!」

 思ったよりうまく進む、か。自分の動きをみるに上手く行っているとは思えない。説得力が無いとおかしくなった。心を許せる相手に会いたかった。少々気難しいが自分を偽らなくて済む相手との時間は心が休まる。別れてから会いたいという気持ちがますます増してくる自分が、自分で思っていた以上に弱い、ちっぽけな存在のように感じた。
お互い任務もありいつも一緒という訳にもいかないのに離れてみるといつも一緒にいたような気持ちになってくる。

 言いたい事が一杯あった。この不思議な世界の事をどんな顔をして聞いてくれるのだろう?興味深そうにか興味なさそうにか。一見平和そうに見えるが酷い格差と通信妨害が行われているきな臭い世界をユーリにも見せたい。楽しい事が好きなユーリの目にはこの次元はどのように映るのだろうか?

 思わずデニス自身も寝そうになるなか、権現坂の寝息が聞こえてきた。デニスは静かに起き上った。権現坂には見せられない、裏の顔をしている。
ゆっくりお休み、そう寝顔に微笑んだ。何かこの次元で手土産になるようなものを手に入れてご機嫌取りでもしないと。立場が危ない。それだけじゃなく未知への楽しみにも胸が膨れていた。
お楽しみはこれから、か。良い言葉だ。デニスは静かにドアを開け夜の街に姿を消した。


[ 9/18 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -