記念日

「でさー昨日9か月記念日でさー」
「え?9か月?」
 信号待ちをしていた隼の耳に後方でお喋りをする女子高生の会話が耳に入った。高校生の甲高い声は良く響き車の騒音にもかき消されない。
「そう。で、昨日のデートで……」
 自分では押えているつもりなのだろうがのろけ話を聞いて欲しくてたまらない、という感じだ。彼女の性格が細かいのか世間の恋人同士はみんなそんなものなのか隼には区別がつかなかったが、顔も知らない彼女が幸せだという事が隼にも伝わって来た。
 そういえば自分たちもココみたいに薄暗い路地で出会ったことを思い出した。あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。長いようなあっという間だったような、穏やかとは言えないがそれなりにここまで来た、という感じだ。半年記念日やら記念日らしいイベントは特に何もこなしてきていない。どう考えると果たして付き合っているのか確信が持てなくなるがそれが自分たちには合っている形なのだろう。そもそも自分たちの出会いは運命でも幸せなものでもないと考えたら当り前だし、自分からそういうイベントをしようとしていなのに相手に求めるのも間違っている。そうは言っても今まで特に意識してこなかったものも一度気になれば頭から離れない。
 信号を渡り終えたら女子高生の声が聞こえなくなった。帰る方向が違うのだろう。LDSの巨大なビルを目印に隼は足を速めようと思った矢先小さな、いかにも街のお菓子屋さんという風貌のお菓子屋さんが目に入った。何度も通っている道なのに今まで気が付かなかった。人目に付きにくく大通りからは離れ、敷地も狭い。決して立派とは言えない店だが引き寄せられるように隼は入って行った。
 年季の入ったショーケースに焼き菓子の飾られた小さなテーブルがどれも立派に整えられてお客さんを出迎える準備をしている。いらっしゃいませ、という初老の女性が笑顔で隼を向かい入れた。ショーケース内のケーキも美味しそうだが零児がクリームの盛られたケーキを食べている姿は想像出来ない。甘さの控えめのものを、とテーブルに視線を移すと紅茶のクッキーが置いてある。これなら零児も食べるかもしれない。そう簡単に割れてしまうものでも無いが自分で意識している以上にそっとレジに持っていく姿は一目で大切な人へのプレゼントだと伝わった。
「プレゼント用ですか?」
「あっいえプレゼントというほどのものじゃ……」
「そうなんですか。じゃあ」
 そう言いながらレジの下から数種類の包装紙を出してきた。小さな子が喜びそうなものかたシックなものまである。
「どれにします?」
「これでお願いします」
 一番プレゼントっぽくないもののを選んだ。今更改めてそういう事をするというのも気恥ずかしいし傍から見て零児に相応しいものを用意する力も今の隼には無い。ラッピングする店員さんの手を知らず知らずのうちに見つめていた。
「きっと気持ち伝わりますよ」
 伝わるのだろうか、まあ例え伝わらなくても自分は感謝している。そう考えると気持ち亜少し楽になった。
 ラッピングの終わったお菓子を渡し丁寧なお辞儀をした店員に見送られながら隼は店を出た。日が沈みそうである。零児は帰りを待っていてくれているだろうか。早く会いたい、小走りになっていることにも気付かず隼は帰途についた。


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