一人相撲

 
チャイムが鳴ったものの教室は静かにならない。あと一時間授業を受ければ帰れるからか教室全体のテンションが高い。教師が教室に入ってもそれは変わらなかった。小さなため息をつき、わざとらしい咳払いをしてから叫んだ。
「席につけー。前回の小テストの返却をするぞ」
 何人かの悲鳴があがったものの、ようやく静かになった教室に満足そうな顔をし名前を読み上げていった。返却されたテストを見て頭を抱えている生徒や自信があるのか待ち遠しげな顔で座っている生徒もいる。遊矢と柚子も例外ではない。
「ねえ遊矢、やけに落ち着いてるじゃない」
 普段なら焦ったり困った顔をしているのに今日は少し様子が違う。柚子は不思議そうに遊矢の方を向いた。
「ああ、今回は山が当たったからな。自信あるんだ」
「へー、遊矢のくせに生意気ね」
 数学が不得意という訳ではないが、今回は調子が出なかった柚子は予想外の反応に驚き少し不貞腐れた。
「おいおいそんな言い方」
 遊矢も負けじと反論しようとしたが、先生が名前を呼ぶ声に遮られた。颯爽と教卓に向かう遊矢の様子に気付いた教師がおどけた。
「榊、どうしたんだお前らしくない」
 意気揚々とテストを受け取った遊矢は、点数を見て頭をフル回転させた。88点だった。良い点数を取れる事なんて滅多にない。一発何かしようと考えた末、柚子の方に振り返った。
「さっきはからかってくれてありがとう。お陰様で良い点数が取れました」
 既に遊矢の様子は良い点数を取った中学生からエンターテイメントに変わっていた。
「やけに自信ありげね。そんなに良いなら言ってみなさいよ」
 売り言葉に買い言葉、柚子はまんまと策略に乗せられてしまった。
「さあ聞いて下さい、なんと私めの点数は88点!パチパチと盛大な拍手をお願いします!」
 悪くは無いが満点のような自信で88点、おまけにダジャレも無理がある。しかし遊矢の押しと雰囲気に教室は笑いと拍手で沸いた。まんまと利用された柚子はハリセン片手に慌てて叫んだ。
「ちょっとみんな!遊矢をあんまりおだてないでよ!すぐ調子に乗るんだからね」
 柚子のツッコミに慣れているクラスメートは聞き流している。テスト返却の邪魔にならない程度だが人を惹きつけている様はエンターテイナーそのものだ。
「ねえってば」
 相手にされないと分かってはいたが一応声を上げた。予想通り無視され、肩を落として椅子に座ったのと同時にクラスメートが囲んだ。
「本当柚子と遊矢君て本当いいコンビよね」
「というより踊らされてるって感じ?」
「柚子が尻にひいてるようで実はひかれてたりしてー」
 予想外の展開に柚子は言葉を詰まらせた。背は低いほうだけど人気がある遊矢の一番近くにいるため羨ましがられたり、大変ねーと同情されたり思われている。顔を真っ赤にした柚子は今にも火を吐きそうな表情で叫んだ。
「あ、あ、あたしと遊矢はそんなんじゃ」
 睨みながら言おうとしたが、恥ずかしさのあまりしどろもどろで迫力は無い。もっと言い返そうと考えているうちにテスト返却が終わった。
「榊そろそろ席につけー授業始めるぞ」
「本日はありがとうございました」
 遊矢の一礼を合図に教室はいつもの雰囲気に戻ったが、柚子の顔はまだ赤く、隠すように下を向いていた。
 結局授業に集中出来ず、気持ちが落ち着いた頃には放課後になっていた。平常心を取り戻すにつれ、遊矢に利用されたこと、友達にからかわれたことに無性に腹が立ってきた柚子は遊矢の方を向いて言った。
「ちょっと遊矢」
 一瞬驚いた遊矢であったが、なんともない様子で
「今日も塾で特訓だ。早く行こうぜ」
 と、いつも通り声をかけた。遊矢はとっくに気持ちを切り替えていたのに自分だけが囚われていたのに気付いた柚子は、恥ずかしさ、居たたまれなさで思いっきり音を立てながら椅子を引いた。普段と違う柚子の様子に気付いたクラスメート達が寄ってきた。
「ねえもしかしてまだ怒ってる?」
「冗談だって」
「そんなに怒らすつもりは無かったの、ごめんね」
 未だに気にしている柚子に驚きながら謝っているものの、柚子の意識は遊矢に集中していた。席は隣である。何があったか気付かなかった筈はないのに無関係を装って飄々としている様子に怒りは収まらない。
「みんなは関係ないよ。遊矢、あんたどういう神経でそんな事言ってるの?」
「と言いますと?」
「人の事利用して笑い取ってそれで満足?楽しいの?」
「利用?まさか、人聞きの悪い。柚子ならちゃんと突っ込んでくれるって知ってるからな」
「え?」
「柚子が居てこそのショーだったって事さ。ありがとな」
 何ともない風に言いながら柚子の支度が終わるのを待っている遊矢に、柚子は再び顔を赤くした。クラスメート達は空気を読んでそっとそばを離れていった。動かなくなった柚子にしびれを切らした遊矢が言った。
「支度終わったか?なら早く行こうぜ」
 そう言ってドアに向かう遊矢に柚子は慌てた。
「ちょっと待ってよ」
 遊矢は全く変わらないのに自分だけ焦って一人相撲をしているのに気付き、顔をペチッと叩いてから鞄を掴んで走り出した。遊矢の手が汗ばんでいるのに柚子が気付くのはもう少し先の事である。


[ 7/25 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -