おめでとう
「そうだ!遊矢のおめでとうパーティーしないと」
「おめでとうパーティー?」
いきなり大声を出した柚子に修造は驚いて顔を上げた。机には贈られる予定のソリットビジョンシステムのパンフレットが広がっている。まだ来ぬそれを愛おしそうに眺めている様子から、最新の設備を導入する事で新しい生徒が見込める、収入が増えれば他の機材も新しく出来る、と皮算用しているのが見て取れる。
「そうよ。それが来るのだって遊矢が頑張ってくれたからだしね。ここは盛大にお祝いしないと!」
柚子の目は輝いている。今度レストランにでも、と考えていたがそれとは別にお祝いをするのも悪くない。
「それもそうだな。ここはパーッと盛大にやるか」
「じゃあ決まりね!みんなにも手伝ってもらうわ」
そう言いながら机に広がったパンフレットを片付けだした。名残惜しそうにしている修造を無視して続けた。
「お父さんはみんなに電話して来てもらって。私はその間に部屋片付けちゃうから」
そう言いながら、慌ただしそうに動く柚子の頭はパーティー一色になった。丁寧に扱ってはいるものの埃のたまりがちなトロフィーや盾を拭きながら語りかけた。
「ねえおじさん、遊矢があのストロング石島に勝ったのよ。どこかで見てくれてた?ペンデュラム召喚はよく分からないけど、チャンピオンに立ち向かって勝つ姿カッコよかったんだからね。直接言ったら調子乗るし言わないけど」
写真に向かって話しかけているうち、手も止まっていることに気付いた柚子は慌てて首を振った。
「何やってるの私。こんな事してる場合じゃないのに」
そう言って掃除をする手を速めた。部屋のレイアイトも決めないといけない。忙しい忙しいと思ううちに遊勝の事は頭から離れていった。
しばらくするとタツヤ、フトシ、アユが集まった。
「柚子お姉ちゃん、遊矢お兄ちゃんのおめでとうパーティーって何するの?」
「準備に時間かけれないからね、お菓子食べたりプレゼント渡したりするだけよ。でもこの部 屋綺麗に飾り付けたら雰囲気出ると思わない?」
「それいいね」
「お菓子食べれるの?ヤッター」
子供たちも盛り上がってきた。柚子は満足げに周りを見渡して言った。
「みんな賛成って事ね。じゃあ私が主催として取り仕切らせてもらいます。お父さんはお掃除の続きお願いね。みんな一緒に買い出し手伝ってくれる?」
そう言って持っている掃除機を修造に押し付け、子供たちを連れて買い出しに行った。
ショッピングモールについた子供たちはお菓子を吟味している。柚子はお菓子作りのコーナーへ向かった。ケーキは今晩作って寝かせると丁度良くなる。喜んでくれるかな?遊矢が笑顔で食べている姿を想像すると力が湧いてきた。食べている姿を想像すると力が湧いてきた。材料をカゴに入れ子供たちの元に向かった。
食べ物と部屋に飾る折り紙、クラッカー等必要なものを買ううちに思ったより時間が経った。子供たちは飽きてきたのかそわそわしだし、危なっかしい。これ以上買い物に付き合わせるのはよくないと判断した柚子は塾まで運ぶのを手伝ってもらってから家に帰した。
「じゃあ明日学校終わったら塾に来てね」
買い込んだお菓子を食べたそうに見つめているフトシに苦笑しながら見送った。まだプレゼントが用意出来ていない。日が落ちる前に終わらせたいと慌ててショッピングモールに向かった。
ここは無難に花束にしようと決めフラワーショップに向かったものの、どれにしようか決められない。どれも可愛くて目移りしてしまう。
「プレゼントですか?」
奥から店員が出てきた。
「お祝い的なのが欲しくて。でもどんなのが好きか知らないしどうしよう」
そう言いながら眺めていると、ふと黄色の花束が目にはいった。小さいながらもオレンジ色の花が太陽みたいに明るい。これだと思って呼びかけた。
「すみません、これください」
「アフリカンマリーゴールドお好きなんですか?」
「いえ、何だかこのお花遊、プレゼントする相手に似てるなって思って」
「花言葉は信頼という意味もあるんですけど、絶望を乗り越えて生きるって意味もあるんですよ。ロマンティックでしょ?きっと喜んでもらえますよ」
そう言って笑顔で送り出された。この花に絶望を乗り越えるという意味があるとは思わなかった。試合が始まる前、遊矢は生まれ変わるつもりだとおばさんは言った。もちろん見た目は変わってないし、マスコミにちやほやされて舞い上がっているのも遊矢らしい。何か変わったと思えないけどおばさんが言うからには生まれ変わったのかもしれない。
「絶望を乗り越えて、か。まあ今はやらなくちゃいけない事乗り越えるのが先」
空が赤くなってきたのを見て時間がない事を思い出した柚子は急ぎ足で塾に戻った。
「遊矢、今日時間あるよね?塾行きましょ」
授業が終わるや否や柚子は遊矢をせかした。普段と様子が違う柚子に驚いたものの、元々行くつもりだったので一緒に塾へ急いだ。
「これで塾の宣伝にもなったしここで俺がビシっとエンタメデュエルを披露して塾生増やさないと」
そう言う遊矢の顔は綻んでいる。父親の名誉を守れ、ペンデュラム召喚という新たな力を手に入れ嬉しくてたまらない様子だ。普段なら調子乗らないの!突っ込むところだけど今日はこっちまで楽しくなってくる。部屋ではアユ、フトシ、修造が既に待機しているはずだ。遊矢の驚く顔が見れるかと思うと深夜までかかったケーキ作りや部屋の飾り付けでの苦労も気にならない。油断したらニヤつきそうになるのを必死でこらえながら塾に向かった。
「客間に荷物が届いてるの。先に運ぶの手伝って?」
すぐデュエルをしようと教室に向かった遊矢を慌てて引き止め客間へ向かった。
遊矢がドアを開けた瞬間、クラッカーが鳴り響いた。
「遊矢お兄ちゃんおめでとう!」
予想外の事態に一瞬固まったものの事態を理解した遊矢は目を丸くした。
「これみんなが」
そう言いながら部屋を見渡した。折り紙で作られた輪っかや紙の花で綺麗に飾られた客間は、普段の殺風景な様子からは想像できないほど鮮やかに飾られている。机には柚子お手製のケーキが用意されており、部屋全体に甘い香りが漂ってい狭い部屋だが全体から遊矢への祝福があふれている。
「ありがとう」
色々言おうと頭を回転させてた遊矢だったが何も思いつかない。結局口から出たのは何の変哲もないお礼だけだった。けれどみんなに思いは伝わった。拍手が鳴り部屋は暖かい空気で包まれた。
「全然気づかなかった。このケーキ柚子の手作り?美味しそうだな」
少し落ち着いていつものペースを取り戻した遊矢はを片目に柚子は用意していたプレゼントを手に取り
「遊矢、おめでとう。はいこれプレゼント」
そう言って昨日買った花束を渡した。
「昨日一杯貰ったかもしれないけど我慢してね。このお花なんていうか知ってる?」
そう言いながら嬉しそうに眺めている遊矢に続けた。
「アフリカンマリーゴールドっていうのよ。花言葉は絶望を乗り越えて生きる。ストロング石島に勝って遊矢は生まれ変わったみたいだし、これからはもっと胸を張ってね」
花束を胸に押し付けて顔をそむけた。二人とも照れくさそうに下を向いている。
「ねー早くケーキ食べようよー」
フトシがしびれを切らして叫んだ。ハッとした柚子は我に返ってテキパキと準備を始めた。
「そうね。こら遊矢、ゴーグル外して。そこに座ってて。今日は私たちがホストなんだからね、私たちのサービスちゃんと受けてね」
「なんだか新鮮だな」
「たまにはこういうのも良いでしょ」
部屋全体が温かい空気に包まれている。美味しそうにケーキを食べている遊矢を見て、何で遊矢が一生懸命エンターテイナーになろうとしているのが少し分かり、遊矢に一歩近づけた気がした柚子であった。
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