ありがとう

 「遊矢兄ちゃんそのゴーグルかして!」
 アクションデュエルの新たな決めポーズを考えていた遊矢にフトシが声をかけた。急に声をかけられて驚いたものの笑顔で渡した。
「大切なものだからな、丁寧に扱えよ」
「ありがとう」
 嬉しそうにかけたり外したりしているのを見ていた。ふと何かの気配を感じて振り返ると、すぐ後ろにハリセンを持った柚子が立っていた。
「一瞬意地悪するんじゃないかって思って」
 そう言いながらすまなさそうに笑う柚子に心外そうに
「まさか」
 と言いおどけた。興味深そうにしていたものの早々に飽きたらしく、すぐ返しに来た。
「これブカブカー」
「そりゃあ俺に合わせて調節してるからな」
「ありがとうな遊矢兄ちゃん」
 そう言いながらタツヤやアユの元に走って行った。すぐまたゴーグルをつける遊矢を見て柚子が言った。
「そのゴールグ本当お気に入りよね」
 ゴーグルをつけながら遊矢の意識は三年前に戻っていた。

「お前の親父逃げたんだってな」
「弱虫のムスコー」
 遊矢の父が試合に姿を現さなかった次の日から、遊勝に対するバッシングはその息子遊矢に向けられた。それまで媚びを売ってきた大人や仲良くしていた友達までもが手のひらを返し遊矢から離れていった。人の噂も七十五日とは言うけれど、小さな遊矢にとってそれは何年にも感じられた。
「ねえデュエルしねえ?」
 意を決してクラスメートに話しかけても、言葉を濁しながら逃げてしまう。柚子や権現坂は見当たらない。お気に入りの橋で時間をつぶす事にした。
ゴーグルをすれば視界は一気に狭くなる。色々気が付かないし、周りから表情が読まれることも無い。手すりに腰かけて一人の世界に浸っていた。
「遊矢」
 後ろから柚子のハリセンが飛んできた。
「いきなり何だよ柚子」
 頭を摩りながら柚子に吠えたが、慣れた風にかわした柚子は遊矢の腕を掴んでズンズン進んでいった。
「一体何すんだよ」
「塾何で来ないの!?生徒減っちゃって大変なんだから。まさか遊矢も辞めるなんて言わないわよね?」
 柚子の凄い剣幕に反射的に頷いたものの、塾に向かう足取りは重い。遊勝と懇意にしていた柚子の父親、修造の塾も世間の冷たい視線に晒され生徒が減ったことは遊矢の耳に入っていた。柚子も被害者の一人で他の人と同様離れて行ってもおかしくないのに以前と態度を変えること無く接していた。それに救われているのを分かってはいるが素直にお礼が言えない。不自然な沈黙が続いたが、塾に着いたら柚子は深呼吸をして遊矢を真っ直ぐに見つめて言った。
「さあ入るわよ」
 遊矢は恐る恐るドアを開けて中に入った。以前着た時と間が空いている訳でもないのに、遊勝塾の雰囲気は大分変わっていた。大規模経営の塾ではない小さな塾ではあるものの、生徒の笑い声に溢れた塾だったはずなのに、今ではシンと静まりかえっている。廊下を進むにつれ居たたまれなくなった遊矢は帰ろうと回れ右したが、ぬっと現れた修造が行く手を阻んだ。
「遊矢!しばらく塾サボって何をしてたんだ!俺の熱血指導から逃げるなんて許さんぞ」
言い方は怒っているものの、顔は笑っている。冷遇されて弱っていた遊矢に修造の言葉は心に響いた。溢れる涙を隠そうとゴーグルをつけた遊矢の震える肩をポンと叩きながら言った。
「さあ熱血指導を始めるぞ!」
 アクションデュエルは見学出来るよう窓が付いている部屋で行われる。まだ拙いものの遊矢のエンターテイメントデユエルは人気で、以前は窓に人が群がっていたが今日は誰もいない。調子が狂うと感じながらも目の前のデュエルに集中した。
デュエルが終わり柚子が言った。
「見ての通り生徒減っちゃって困ってるから遊矢も塾生として増やすの手伝ってよね」
 柚子と修造の変わらない態度に、言葉にならない思いがこみ上げてきた。
柚子、あ、ありがとう」
 恥ずかしさのあまり走って逃げた遊矢に柚子が叫んだ。
「エンターテイナーが逃げてどうするのー!」
 柚子の言葉に、自分がどんなデュエルをしたかったのか思い出した遊矢は、積極的に人を笑わせようと努力した。エンターテイナーとしてどのように振る舞うべきか、どのような姿が受けるのか研究に研究を重ねた。相変わらず父親の事をからかってくる人もいたが気にする素振りを見せず、自分から笑いを取る方向でプライドを守った。そんな遊矢に以前のように接する人も次第に増えていったが、それでも遊矢に心無い言葉を投げつけ傷つける人は消えなかった。その度に遊矢はゴーグルをはめフラッと出かけた。そんな遊矢を責めはするものの何時でも迎えてくれる柚子に救われているのを実感していた。

「何ぼーっとしてるのよ」
 突然黙った遊矢を見て柚子は不思議そうに聞いてきた。
「何でもねえよ。それよりもっともっとみんなを楽しませられるようなデュエルをして宣伝しないとな」
「そうよ。仲間が一人増えて嬉しいけどもっと増やさないと」
「ありがとな」
 目を丸くした柚子を見て、遊矢は笑顔で走っていった。


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