バレンタイン

「遊矢遅―い!」
 慌てて家から出てきた遊矢に向かい柚子は叫んだ。遅刻をする時間ではないが急がなくてはいけない。
「ごめんごめん」
「どうせまた夜更かししてたんでしょ?授業中居眠りして怒られても知らないからね」
大きなため息をしながらカバンをチラッと見た柚子に不思議そうに尋ねた。
「どうしたんだ?忘れ物でもしたのか?」
「何でもないわ」
何時もなら小言のの一つや二つ飛んでくるのに黙っている様子をみて、風邪でも引いたのではないかと心配そうな顔をする遊矢の事が目に入らない柚子は考えを巡らしていた。
 今日は2月14日、バレンタインデー。校則で不要なものは持ってきてはいけないとなっているものの今日ばかりは先生も大目に見ているのか咎められない。柚子も他の女子と同じように友チョコを用意していた。それに加え、今年は毎年渡してる義理じゃない本命用のチョコを用意していた。いつものように義理だと思われないよう中に手紙も仕込み後は渡すだけ、いつ渡すのが一番か頭の中で何度も何度もシュミレーションした結果行きの途中に何気なく渡すのが一番だと決めたのに予定が狂ってしまった。色々考えを巡らしていると学校に着いた。
 教室につくとチョコの香りが漂ってきた。チョコと関係のないお菓子も広がっており最早バレンタインは関係のないお菓子パーティーとなっている。柚子の姿を見つけたクラスメートに手招きされ急いで駆け寄りながら遊矢の方をちらっと見ると遊矢も他の人たちに呼ばれていた。
「榊くんはいこれあげる」
 男女関係なく配っているので義理だろう、そうとは分かっていても驚き嬉しそうな顔をし受け取る姿を見ていると内心穏やかではいられない。そもそも遊矢は褒められたり持ち上げられたり好意を示されたり、つまりそういうのが大好きで、今までも持ち前のエンターテイナー根性でクラスを盛り上げたりして目立っていたが、あのストロング石島戦で火が付いた。柚子の様子に気付いたクラスメートがこそっと聞いてきた。
「柚子はもう榊くんにチョコ渡したの?」
内心を見透かされたように焦った柚子は慌てて言った。
「ないない!どうして私が」
顔を真っ赤にしながら言い訳をしていると担任が入ってきた。
「チャイムが聞こえないのか?早く席につきなさい」
蜘蛛の子を散らすように解散し柚子も席に戻ると隣をそっと見た。遊矢は眠そうな顔をしながらどうした、という風に見つめ返してきた。さっきの会話聞こえてたかもしれない、もし聞こえてたら渡したところで冗談と取られるかもしれない、下手したら罰ゲームか何かだと思われる可能性だって……。自分の思考回路が暴走していくのを感じた柚子は目の前の授業に集中しようと教科書をひたすら読み返した。
 結局渡せないまま放課後になった。いつも通り塾に向かおうと学校を出ると子供たちが校門で待っていた。
「あ!二人とも来た!早くデュエルしようよ!」
「お待たせ、じゃあ行こっか」
 遊矢の隣を歩き始めたフトシは遊矢のカバンが膨らんでいる事に気付く。
「そのカバンってもしかしてチョコ?」
「ああ、まあどれも義理だろうけど」
「いいなー中学生はチョコ持って来れてさー」
フトシのつまらなさそうな声に笑いが起こった。
「塾に着いたらみんなの分のチョコあげるからそれまで我慢しててね」
「本当!?やったー!痺れるくらい嬉しいぜ」
 フトシは嬉しそうに体を動かした。こんなに嬉しそうにしてくれると作り甲斐がある、そう思いながら遊矢の方を見ると表情も変えずに歩いている。今の遊矢はいつもと何も変わらない。去年までは朝一番に渡していたのに今年は何も言ってこない。密かに期待しているのか特に何も思っていないのか読めないがどちらにしろ柚子には少しつまらない反応であった。
「家に置いてあるから先に塾行っといて」
はーい、という声を聞いて柚子は駆けだした。遊矢へのチョコはカバンに入ったままだけどみんなへのチョコは家にある。もしかして断られるのじゃないか、そう思うと家に置いておきたくなる雑念を振り払うために柚子は無心に走った。
「こんなことじゃ駄目よ私」
 独り言も街の騒音が消してくれる。私だってカップルや夫婦で歩いている人たちのように歩きたい。この人たちも勇気を振り絞って前に進んだからこうしてるんだろう、私も見習わなきゃ、そう思うと肩に力が入った。
 柚子が塾に着くとみんな着替え終わり練習をしていた。
「遅れてごめんなさい。持って来たわよ」
「やったー柚子お姉ちゃんの登場だーチョコチョコ!」
「慌てないの。おやつタイムにしましょ。準備してくるからもう少し続きしてて大丈夫よ」
 柚子は部屋を出て大きく息をした。準備をしようと部屋に向かおうとすると部屋から声が漏れて聞こえてきた。
「ねえ遊矢お兄ちゃんは柚子お姉ちゃんからチョコもらったの?」
「今から持ってきてくれるんだろ?」
 遊矢の不思議そうな声に大きなため息が4つ聞こえてきた。
「そうじゃなくて本命は?って事だよ」
奏良がいつものように呆れた声で遊矢に聞いていた。
「柚子が俺に?まっさかーそんなんじゃないよ」
怒るでもなく照れるでもなくあっけらかんとした言い方に思わず荷物を持った手が震えた。これが本音なのかそれとも照れ隠しなのか。近すぎるからこそ柚子は遊矢の考えが分からなかった。柚子の思いなんてお構いなく話は進んだ。
「柚子お姉ちゃんかわいそー」
「痺れる位脈無だぜ…」
「チョコもらえるものはもらっとけばいいけどさー遊矢がそんなのだよ柚子だって渡しにくいじゃん?柚子ってさ素直になれない人なんだからもっとこうお膳立てしてあげなきゃ」
「みんな何言ってんだよ」
立ち聞きは良くない、そう思いながらも柚子はその場を離れることが出来なかった。
「もしかしてもう本命の受け取っちゃったの?」
そう言いながら素良が近づいてくる音が聞こえた。聞き耳を立てているのに気付かれたのではないか、そう思いドアからゆっくりと離れた。
「そんな訳ないだろほら俺らも早く片付けて移動するぞ」
「はーい」
子供たちの話を途中で切り上げられ不満そうな声が響いた。遊矢はからかわれたとでも思ったのか。顔を見なくても全く意識されていないのは伝わってきた。告白する必要はあるのか、このままでも良いんじゃないか、そう思う反面子供たちに色々言われても嫌がらない程度には嫌がられていない、どうしたらいいのか柚子の心は揺らいでいた。このままだと前に進むことを決め前進している遊矢と差が開く一方だと思うと無性に焦りを感じいたたまれなくなった柚子は急いで準備をした。

「わー!美味しそうなチョコケーキ!」
「柚子やるねー」
「ありがとう、これから切り分けるわね」
部屋に入ってそうそう子供たちは嬉しそうな顔でケーキを囲んでいた。こんなに嬉しそうな顔をされると作った甲斐がある、上々な気分でふと顔を上げると遊矢は黙々と準備していた。
「ありがとうそっちは任せるわ」
二人が反対を向いている間奏良は気付かれないよう子供たちに耳打ちした。素良の話を聞いくとみんな目を輝かせタイミングを見計らった。
「折角柚子が美味しそうなの作ってくれたんだから盛大にやりたいよね」
「何なのよ急に」
「もっとお菓子やジュース揃えて盛大にしようって事だよ。そう言う訳で柚子よろしくね」
お道化た様子の素良に子供たちも続いた。
「ねえねえお願い」
「ねえねえ」
「ここは僕たちがしておくからさ」
 子供たちを止めるのを手伝ってもらおうと遊矢の方を見ると、遊矢も名案だというように目を光らせている。他人事みたいな遊矢にたまには変わってよ、そう言おうとした柚子を遮りながら奏良が続けた。
「柚子一人じゃ大変だよね、だから遊矢も一緒に行って手伝ってあげてよ」
「そうそう!柚子お姉ちゃん一人じゃ大変だよ」
「遊矢お兄ちゃんありがとう!」
「俺別に行くなんて一言も…」
勝手に話を進められ渋い顔をする遊矢をお構いなしに話は進んだ。
「いいからいいから。近くのコンビニじゃなくて向こうのスーパーでお願いね。スーパーの方が品揃え良いし」
「今回だけだからね」
ため息を付きながら準備する柚子の背後に静かに回った奏良は耳元で囁いた。
「全然急いでないしゆっくりで大丈夫だからね。焦っちゃ駄目だよ」
 奏良の意図するところを察した柚子は赤くなりながらも頷いた。準備しだした柚子に従うように遊矢もついていく準備を始めた。
「今回だけだからなー」
「はーい!」
 面倒くさそうにしながらも付いてきてくれる遊矢の優しさが嬉しかった。
「普段お留守番なんだからたまにはいいでしょ?でも本当にありがとう」
 柚子の笑顔に驚いた顔をしつつも遊矢もああ、と返事をした。二人の様子を見た子供たちも満足そうに頷き試合に行くかのように送り出した。
「何だよみんな。そんな事したっていつもと同じものだからな?」
 何が起きてるのかよく分からないま二人は出かけた。
「なーんかいいように使われたって感じだよなー」
「何言ってるの遊矢だっていつもそうでしょ。たまには動かないと」
 風向きが悪くなったのを感じたのか遊矢は肩をすくめ黙った。気持ちのいい晴天が広がっているもののまだ2月だ風は冷たい。マフラーと帽子で完全防備しながら遊んでいる子供たちを眺めているとあの頃から私は何も変われていない、それ以上にあの頃の方が素直に言いたいことを言えた気になり不思議な感覚に陥った。あの頃より沢山言葉を知っているのにあの頃より自分の気持ちを表現するのが格段に難しくなっている。思い出に浸っていると遠く思えたスーパーもあっという間に付いてしまった。
「あーやっと着いた」
 自動ドアが開くのが待ちきれない、そういう感じに飛び込んだ二人は目的の商品を探しに回った。
「あっこれフトシの好きなクッキーだ」
「こっちはアユの好きなグミで……」
 柚子が頼まれていた商品を入れるのを横目に遊矢はそれぞれのお気に入りを探してはカゴに入れていく。
「ちょっと買いすぎじゃないの?」
「折角二人いるんだし今日くらいはいいじゃん」
 そう言いながら前に進む遊矢を見ていると、いつも人任せにしたりしている時もあるけれど、やはり良く見ているというのが伝わってくる、そう感じた柚子は今朝の出来事も塾での子供たちとの会話も私を気遣っての態度だと感づいた。
「どうしたんだ?」
 振り返りながら急にスピードの落ちた柚子を不思議そうに尋ねる遊矢に何でもないごめんなさいと言いつつペースを上げた。
「あいつら首長くして待ってるんだろうな。早く帰らないと」
 そう少し微笑んでいる遊矢を見ると今じゃない、柚子はそう強く感じた。二人の時間を作ってくれたみんなには悪いけれど遊矢のそういう素敵なところを摘むような真似をしたくなかった。
 会計が終わり外に出ると冷たい風が吹いてきた。寒さで震えたのを見た遊矢は荷物が重いのかと勘違いしたのか手を差し伸べてきた。
「持つよ」
「大丈夫よこれ位」
 自分の分の荷物位は持てる、そう持ち上げたり下げたりアピールしながら断った。寝坊したり遅刻しそうになったり授業中に居眠りするわすぐ調子に乗るわで軽るそうに見える遊矢も、まあそういう面があるのも事実だけど、それだけじゃない所も多く柚子はそういう所に魅かれているのだと気が付いた。今日の自分は周りが見えてなくて自分の事しか見えていなかった。そう気付かせてくれた塾のみんなと遊矢が今まで以上に眩しく愛おしく思えた。
「手伝ってくれてありがとう」
「早く帰ろう。みんな柚子のケーキ待ちわびてるさ」
 みんなに気を遣わせてしまったのに何も出来なかった、けど心は決まった。


「お帰りー」
 扉を開けると子供たちの声が響いてきた。
「お待たせ」
 小躍りしながらお菓子を受け取るフトシを横目にみんなはさりげなく柚子の顔を覗いた。ごめんねなさい、そういう気持ちで手を合わせたけれど、柚子の晴れ晴れとした表情を見てみんな気にしないでという様に親指を立てた。
「さーてお待ちかねのメインだ」
 遊矢が柚子の方に注目させる。
「そんな期待しないでよね。じゃあ切り分けるわよ」
 固唾をのんで見守られる中柚子は切り分けみんなに渡した。
「それじゃ頂きまーす」
 遊矢の一声でみんな食べ始めた。
「柚子お姉ちゃん美味しい!ありがと」
喜んでもらうために作ったのではないのだけれど喜んでもらえて嬉しいものは嬉しい。
「美味しいな、ありがとう」
 子供たちの声に頬が緩んでいた柚子は遊矢の褒め言葉で顔を赤くした。
 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。時計を見ると思っていたより時間の過ぎていた事に気付いた柚子はみんなを急かした。
「もうこんな時間よ、そろそろ帰る準備しないとお家の人が心配するわ」
「そんなにあわてなくても」
子供たちから不満の声が上がったが、奏良がウィンクしたことで気持ちが伝わったのか素直に片づけを始めた。
「そうだね、早く帰らないと」
「今日はやけに素直だな」
不思議そうな顔をするものの遊矢も片付けを始めあっという間に終わった。いつもこの位楽だったらいいのに、そう思いつつもみんなの優しさに感謝しながら覚悟を決めた。

「じゃあまた明日ねー!」
「気を付けてねー」
 片付けも終わり遊矢と柚子は子供たちを見送った。
「じゃあ戸締りしたら俺たちも帰るか」
「そうね」
二人は元の部屋に戻った。先程と違い静かな空気が流れてる。
「二階の確認してくるな」
「じゃあ私は他を見てくるね!」
そう言い慌てて出て行った。柚子はしまい込んでいたチョコを手に取り玄関を出ると遊矢はもう確認を終えて外で待っていた。
「お、じゃ帰ろうか」
そう言い帰ろうとした遊矢の腕を掴んだ。
「ちょっと待って、はいこれあげる!」
「え?」
 唐突に渡され一瞬固まったが可愛くラッピングされたものが何か分かった遊矢は目を大きくして嬉しそうに言った。
「ありがとうな、柚子」
 いつもなら素直になれずハリセンを出しそうなところだが、大きく息をして言った。
「返事は何時でもいいからじゃあね!」
 そう言いながら振り向かず一直線に駆け出した。
「ちょっと…」
 遊矢の声が聞こえた。本当はもっとロマンティックにしたかったけどこれが自分に精一杯で、みんなの優しさに後押しされ渡せたことが嬉しかった。どんな結果になっても明日はやってくる。不安半分楽しみ半分、柚子は急いで家路についた。


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