図書室の猫
「榊どこにいるか知らないか?」
教師の困り声を聞き柚子は作業する手を止めて顔を上げた。今日は文化祭準備日で学校中が浮き足立っている。普段なら椅子に座って授業を聞いている生徒たちが校舎のいたるところで思い思いの作業をしている。
「知りませんがどうかしたんですか?」
「榊の持っている書類が急に必要になって探してるんだが見つからなくてな。柊なら場所分かるだろ?持ってくるよう伝えてくれないか」
「分かりました…」
私は遊矢の保護者じゃない、と思っても先生の言う事には逆らえずしぶしぶ探す事になった。遊矢は気付いたら消えている時があり必要な時に見つからなければ柚子が窓口のような扱いをされている。遊矢や周りに便利屋みたいに使わないで!と主張しても暖簾に腕押し、今では諦めてもう何も言わなくなった。
いつもなら屋上や人気のない場所に隠れてサボっているが今日いつもいる場所を探しても見あたらなかった。通りがかる生徒に遊矢の居場所を聞いてみても首を振るばかりで埒が明かない。人気のない場所を一つ一つ探し回る事になった。自分の仕事もほっぽり出して探したのに結局見つかりませんでしたでは何と言われるか分からない。後で絶対に手伝わす、そう思いながら焦りと怒りを抑えた。気が付いたら校舎の端にある図書室にたどり着いた。
「ここにいるとは思えないけど…」
図書室で読書する遊矢は想像出来ないが一応確認しようと中に入ってみると周りの喧噪が嘘のように静かな空間が広がっていた。
「すみません、ここに榊遊矢来ませんでした?」
受付で仕事をしている司書に駄目もとで尋ねてみた。
「榊遊矢?そういえば男の子が一人来たわよ」
図書室に居た事に驚いたものの遊矢らしい人を見つけることが出来一安心した柚子はお礼を言いながら急いで棚の間や自習室を覗いたものの中々見つからない。いどこに隠れているのかと図書室をくるくる周っていると中二階への階段が目に入った。話には聞いていたが目当ての本があるわけでもなく薄暗いそこに柚子はまだ行ったことが無かった。人のいる気配は無かったがここが本当に最後だと分かっていたので遊矢を見つけたら何と言おうか考えながら階段を登った。
「ねえ遊矢いるの?」
小さな声を出してみたものの返事がない。隠れているのか昼寝をしているのか、ため息をつきながら棚の間を慎重に探した。もしここにも居ないならもうお手上げよ、そう不安になりはじめた矢先一番奥の棚の陰に白い制服の端が見えた。
「あっ遊…」
慌てて遊矢の元に駆け出した。湧いてくる文句を押えながら遊矢のいる棚に着くと、本棚にもたれ丸くなって眠る遊矢が目に入った。普段見かけない、おどけておらず、かといって真剣なわけでもない無防備な表情の遊矢を柚子はこれまで見たことが無かった。思わずしゃがみこんで正面から顔を見た。
「こういう顔もするんだ…」
遊矢の秘密を垣間見てしまった気がした柚子は顔が少し赤くなった。遊矢自身も知らない遊矢の初めて見た一面に心臓が高鳴る。声をかけようにも変な態度を取ってしまいそうで不安にになり動くことが出来なかった。
そうとは知らない遊矢は人の気配を感じたのかもぞもぞと動き出した。しまったと思いあわてて離れると同時に遊矢が大きく背伸びをしながら目を開けた。
「よく寝た、そろそろ戻るか」
そう言いながら顔を上げると柚子と目があった。
「あっこれはその」
サボりがバレてハリセンが飛んでくると思い守りの体勢になった遊矢に柚子は平静を装いつつ言った。
「先生がプリント出せって呼んでるわよ。私はまだ用があるからここに居るけど遊矢は早く先生の所行きなさい」
「そっか。悪いなありがとう」
いつもと変わらない様子の柚子に驚きつつ急いで階段を下りて行った遊矢を目で追いかけながら深いため息を付いた。疲れたけれどあの遊矢を他の人が見るのは少しムズムズする、そう思う自分の心に驚きつつももう少しだけこの空間に居よう、柚子はそう思いながらしゃがみこんだ。
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