名前、
「…あ、」
シセラはまたハッとして、止まっていた手を動かし出す。
もう何度目になるのだろう。
幸いにも、食料は天界のものとさほど変わりはなく、昼食は難なく作れそうだった。
しかし、
「…あ、」
まただ、とシセラは溜め息を吐く。
慣れている事をするということは、頭を殆ど使わないで済むと言うこと。
そうなると、シセラの思考は自然とあの本で見たものに向かった。
成り行きで、シセラの"マスター"となった悪魔の青年。
その青年はシセラについて多少なりとも知っている様子なのに、反対に、シセラは何も知らなかった。
―名前すらも。
呼び掛けるときは、いつも、"マスター"。
だから、名前を聞き、知る機会は無かったが、それでも。
シセラは、自分が何も知らないことに少しもどかしさを感じた。
何も。
年齢も、生い立ちも。
そして、あの本に載っていた理由も。
「…何も…」
[←] | [→]
back