Chapter 3
「…凰鬼…」


少女は頭上を見ずに、その名を酷く忌々しそうに呼ぶ。

それとは反対に、凰鬼と呼ばれた青年は、薄紫の髪を風になびかせながら、弾むような笑顔を見せた。

「しばらく振りだね、莎夜」

莎夜。それが少女の名前らしかったが、呼ばれた方は何の反応も見せず、徹底的に無視を決め込む。

だが、凰鬼は気にする様子もなく微笑んだまま、莎夜の脇に立つ少年を見やった。


「そいつが、今度の新しい"犠牲者"な訳だね」


サラリと、まるで挨拶を交わすように、凰鬼は何気なく言い放った。

その言葉は、火に油を注ぐように少年の怒りを増長させた。
  

「あァ?」


莎夜に向いていた怒りの矛先が凰鬼に変わる。

「可哀想だね、なにも知らないまま、莎夜の我が儘の犠牲になっていくなんて」

ニィ、と心底から嘲るように笑う、凰鬼。

「テメェも脳味噌がイカレてンのかァ?
訳分かンねェ事抜かすと―」

少年が臨戦態勢に入る。


「―ブッ殺すぞ!」


その場から、姿が消える。


ガンッ


少年は、一瞬で凰鬼に近付き、側部に長い爪を食い込ませようとした。

「甘いね…」

凰鬼は既にその腕を捕んでいた。


「―!?」


驚く暇も与えず、その体を思い切り地面に叩き付ける。


「は…ぁっ」


背骨が軋む音が、見ている莎夜にも聞こえた。

頭を激しく打ち付け、意識が朦朧としたところに凰鬼が全体中をかけて体に乗ってきた。

「ほら、こんなにも早く、君は殺されるんだ」

凰鬼は、先程のような笑顔のまま。

目も、嗤っていた。


「―ッ!!」


凰鬼の手が、少年の左胸の上に、指先を下にするように、置かれる。

心臓を抉る気だ。


「バイバ…、―ッ!」
 
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