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「それで今日のご予定ですが、12時からさくら商事の社長様と会食、15時に港に船が着きますので16時には全ての荷を降ろせると思います。それから…」
政明様の秘書になって一月。
まだまだわからないこともあり失敗することもあるけれど、最近ようやく慣れてきた。
「一葉もだいぶ秘書の仕事に慣れてきたな。」
どうやら同じような事を政明様も思っていたようだ。
実際に秘書の仕事をするようになり、今まで以上に政明様のお側にいる時間が増え、それはとても嬉しいことだった。
しかし同時にそれは苦しい時間でもあった。
「今夜の観劇の後、一樹と少し呑んで帰るよ。」
今までは家にいる政明様しか知らなかった。
しかしこうやって一緒にいる時間が長ければ、知らない方が良かったような事までも知ってしまうことがある。
それは他の会社の社長さんが自分の娘を政明様に嫁がせようとしていることだったり、最近三野様とよくお会いになっていることだったり…。
「これからお互い仕事が忙しくなる。彼が式を挙げる前にゆっくり会えるのは今日が最後になるだろうからな。」
(今日が最後……。)
では今日政明様は三野様に想いを告げられるのだろうか。
あるいは三野様が……。
「だから今日は先に帰っていなさい。」
「はい…わかりました。」
どちらにしろ僕にはどうすることもできない。
こんなに近くにいるのに、政明様を引き留める権利は僕にはないのだから…。