12
「政明様、政明様、お休みになる前にこれをお飲み下さい。」
今にも眠りに落ちそうな政明様にお水を差し出すと
「お前が飲ませてくれ…」
そう言って笑う政明様。
「政明…様?」
それは僕が見たことのない表情で、戸惑いながらもその名を呼んだ。
するとそんな僕をじっと見つめていた政明様は、僕の頭へと手を伸ばすとそのまま引き寄せられるように唇が重なった。
「ん……ぅん…」
だんだん激しくなるその口づけに頭がボーとしてきた頃漸く唇が離れ、まだ呼吸が荒い僕の耳元で政明様がそっと囁いた。
「かずき……」
その瞬間、僕は思わず政明様を突き飛ばしていた。
その衝撃で政明様も目が覚めたのか何度か瞬きをし、そして現状を理解したようだった。
「一葉……」
その後に続く言葉を聞きたくなくて、僕はそのまま何も言わず部屋を飛び出した。
走って走って、屋敷から少し離れた温室まで逃げてきた時、とうとう堪えられなくなってその場にしゃがみ込んだ。
「う…うぅ……っ」
未だ耳に残るあの方を呼ぶ声。
自分を呼ぶ時とは違う熱っぽい声だった。
(わかってた…わかってたけどっ!)
この張り裂けそうな胸の痛みをどうすることも出来ず、一葉はその日温室から出ることが出来なかった。