夢うつつ




 たしかに数分前の私はソファに腰かけていたはずなのに、自分がどんなふうに座っているのか、ふわふわゆらめく意識ではうまく汲みとれなかった。唇はもうとっくに溶けあって、舌を絡めようとひらいた口の隙間から、絶えずふたりの荒い息がこぼれおちている。
 なまえ、あいまにそう何度も呼ばれる自分の名前は、余裕のいろをすっかり拭い去ってしまったような声音をしていて、キスといっしょに私をよりいっそう酔わせてゆく。髪を梳く手がすっと背筋もなぞるから、ぞくぞくと甘い震えが駆けのぼってきた。

 やわく、歯を立てられる。無防備な下唇に食いこむ硬い感触は、いつもすこし恐ろしくて、危なっかしくて、それからどうしてだか嬉しかった。触れあうだけじゃ足りないくらい、噛みちぎってしまいたいくらい、一虎くんが私を求めてくれているのだと、そう思うことができるからかもしれない。


「いっ、た……っ」


 ひときわ強く噛みつかれて、するどい痛みについ声をあげると、一瞬だけ一虎くんの動きがとまる。……止めないでほしかった。シャツの胸元を握りしめると、応えるように抱きすくめられて、ちゅ、とかるく唇を吸い上げられる。


「……ふ、血の味する」


 舌でなぞられるたび、ちりちりと痛むはずの唇は、しだいに甘ったるく痺れてゆく。たまらなくなって、一虎くんの唇にゆるく噛みつくみたいな仕草をみせれば、柔らかく髪を撫ぜられた。ほとんど唇をくっつけたまま、すこしだけ首を傾げた一虎くんの耳元から、ちいさな鈴の音がする。


「噛んでいーよ、なまえ」
「わ、私は、いい……」
「そ?」


 ゆるりと細められた瞳が私を奥ふかくまで射抜いてしまって、慌てたように目を瞑ればまた、濡れた唇同士がふれて、溶ける。すぐそばにある蕩けるような夜に、ふたりで、ゆっくりとおちていくのだ。



20210929



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