スイート・トリック


 
「ねえ、秘密の話なんだけど」


 書類とにらめっこする私の背中に、綱吉さんはどこか楽しそうな声でそう言った。「あのね、」と続けようとする綱吉さんに、「お仕事中です!」と、振り返りもせずちょっぴりきつめに言い放つと、残念そうな声が聞こえてくるけれど。
先日ボンゴレ管轄内で起こった抗争の後処理にみんな追われていて、それはボスである綱吉さんとその秘書である私だって例外じゃない。だから5時までは私語なしで仕事をこなそうと、つい三十分前に約束したばかりなのに。


「まだ3時でしょ。5時過ぎてからにしてね」
「えー、でもそれじゃ間に合わないかもよ?」
「間に合わない、って?」
「あ、気になるんだ」
「……もう!」


 わざと背中合わせにしていた椅子を回して綱吉さんの方を見てみると、にこにこと楽しそうな微笑みを浮かべていて。……こういうときの綱吉さん、たいてい良いこと教えてくれるんだよね。何年もお付き合いをして培われた勘が、私にそう告げる。うーん、でもこのまま話し込んでしまえば、お仕事進まなくなるかもしれないし……悶々と悩み出す私に、「まあまあ、聞くだけ聞いてよ」なんて綱吉さんは言う。「じゃあ……聞いたら仕事に戻るね」と返事を、したけれど。


「いつも行ってるパスティチェリアあるでしょ。今日ね、4時からいちごのシュークリーム出すらしいんだ。数量限定で」
「……え」
「さっき店主さんが内緒で連絡くれたんだよ、いつもお世話になってるからって」


 いちごの、シュークリーム。クリームにいちごの果肉が混ぜこまれた甘酸っぱいそれは、店頭に並べばすぐに売り切れてしまう、滅多にお目にかかれない代物だ。ふつうのシュークリームだってあのお店は美味しいけれど、いちごはまた格別で。


「ねえ、今から行けば間に合うと思うんだけど、どう?」
「……でも、お仕事が……」
「いちご、なくなっちゃってもいいの?」
「あー……綱吉さんのいじわる……」
「ええ、なんで? 俺はちゃーんと教えてあげただけじゃんか」

 くすくすと笑う綱吉さんは、きっともうとっくにこの仕事量に参っていて、私を巻き込んで休憩しようとしている。わかる。それに簡単に許しちゃいけないのも、わかるんだけど。
 綱吉さんとテラス席に座って、夕刻の涼やかな秋風を浴びながら食べる、いちごのシュークリームなんて。そんなの、とびきりおいしくって、この上なくしあわせに決まっていて。


「ちょっとお散歩してから続きしようよ。ね?」


 そんなことを言いながら甘ったるく目元を緩めて、キャメルのジャケットを羽織る綱吉さんに。それからいちごのシュークリームに、私は完敗した。だってもう、答えはイエスしか思い浮かばなかったから。




20201003
診断メーカー・こんなお話いかがですか より
「『ねえ、内緒の話なんだけど』」ではじまり
「答えはイエスしか思い浮かばなかった」で終わるお話


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