おひさまも蕩けてしまうような



 なかなか起きない。綱吉さんが。まあこれは今に始まったことではないし、私もひとのことを言えない寝起きの悪さなのだけど。私が抜け出してきたベッドをひとりじめする綱吉さんは、時計の針が直角になってもまだ起きる気配がなかった。久々の休日、少し市街地にお出かけしようかなんて昨夜は話していたけれど、今日はゆっくりした方がいいだろうな、きっと。

 テレビをぼーっと見てみたり、コーヒーと簡単なブランチを楽しんだりと、休日の朝をひっそり満喫して。それからあらためて寝室に向かうと、ベッドにたたずむ毛布のふくらみの主は、なにやらむにゃむにゃと寝言をこぼしているところだった。
 かるくベッドに腰掛けて、その毛布からのぞくふわふわの髪を撫でてみた。するり、指のあいだをゆるく通り抜けていく。けれどつんつんと立っているだけあると言うべきか、触れてみると見た目よりも存外硬いそれ。すっかり高くなった太陽に透かされて、いっそ眩しいほどにきらめいているから、つい目を細めた。
 しばらく髪を梳いていると、丸まった毛布がもぞもぞと動き出す。そろそろご起床かなと「おはよう、綱吉さん」と声をかけてあげると、「んー……?」なんて寝ぼけ声が聞こえてきて。込み上がってきてしまう愛しさを飲み下しながら、「おきた?」と、毛布のふくらみをぽんぽんと叩いた。


「……ん……あ、いま何時……?」
「今……えーっと、もうすぐ11時」
「じゅ……え!? 待って仕事! 遅刻!」


 まるで毛布が爆発したみたいに、その塊がはじけた。驚く私をよそに、「やばい!」なんて言いながらベッドから降りようとするから、その袖を慌てて掴む。まだ焦点の合っていない目と、視線がかち合った。
 おなじみのふわふわの髪は、いつにも増してやわらかく暴れていて。言えば綱吉さんは怒るかもしれないけれど、その。すごく……かわいい。そんな気持ちをごまかすみたいにひとつ咳払いをしてから、彼に向き直った。


「綱吉さん、今日はおやすみですよ」


 けれど堪えきれない愛しさが笑いになって、そのまま声に乗ってしまったりなんかして。でもそれを咎めることもせず、というかそんな余裕もなく、綱吉さんはぽかんと口を開けてから、「あ、そっか」と静かにこぼした。


「なんなら、もっと寝てても大丈夫だよ。疲れてるでしょ」
「いやさすがに起きる、よ……って、ダメじゃん!」


 のんびり目をこすっていた手を突然引っこめて、これまた大声を出すから、ついびくりと肩を跳ねさせてしまった。どうしたのかと訊ねると「だって、出掛ける約束……」と綱吉さんが項垂れるから。忙しい中、疲れていた中でそれを覚えていてくれたことに、自然と表情がゆるんでしまった。
 大事なのは、お出掛けすることだけじゃないのにな。掴んだままの袖を離して、ゆるりと手首に触れた。それから「今日はおうちでゆっくりしましょ」と微笑みかけると、綱吉さんは目を丸くしたあと、「瑠璃ちゃんがいいんなら、そうしよっか」なんて、眉を下げて笑った。

 お出掛けしていろんなものを共有することだって、もちろん嬉しいけれど。たまには二人きり、のんびり流れる時間を味わうのも素敵だよね。きっと同じ気持ちであろう綱吉さんの、寝起きだからかいつもよりも熱いその手をそっと撫ぜながら、幕を開けたいとしい休日に想いを馳せる。


「瑠璃ちゃん」
「なあに?」
「おいで」


 柔らかく微笑んで手を広げる綱吉さんに、どきりと鼓動が大きくなった。何回だって抱き合って、何回だってキスしてる、のに。いまだに胸の高鳴りがおさまらないんだから、いい加減に私の心臓も慣れてくれはしないかと思うばかりで。
 ……でも。せっかくなんだから。のんびりできる日は限られていて、またとないチャンス、だ。

 うつむいたまま、腰掛けていたベッドにいそいそと登って。きっと多少なりとも驚いた顔をしているであろう綱吉さんの腕の中に、思い切って飛び込んだ。すぐに抱き留めてくれた綱吉さんの腕があたたかくて、真っ暗な視界の中で綱吉さんの香りに包まれて、ぎゅっと胸の奥が狭くなる。でもその息苦しさは紛れもなく幸せからくるもので、こっそりこっそり深呼吸をした。


「……珍しく素直だね、瑠璃ちゃん。そっぽ向かれちゃうかと思った」


 いつもみたいに、と付け足して笑う綱吉さんの声は、まだ寝ぼけた掠れ声だ。そんなことにもどきどきして、胸元に顔を押し付けながら「うん」と小さく返事をすることしかできなかった。


「照れてる?」
「………………うん」
「かわいい」


 綱吉さんの大きな手が、柔らかく、ゆっくり私の髪を撫でて。つい目を閉じてその心地よさを堪能していると、綱吉さんに体重をかけられて、座っていた姿勢からふたりしてベッドに倒れ込んだ。綱吉さんの体温で、まだあたたかいベッドに。まさか朝から、とつい身体を固くする私をよそに、綱吉さんは私の頭の上であくびをひとつ溢した。


「ねえ瑠璃ちゃん。このままもう一回寝ちゃおっか」
「……え、綱吉さんまだ寝られるの?」
「余裕余裕」


 もうお昼前だというのに、そんなに寝られるものなのかな。そう思いながらも綱吉さんにゆるく撫でられ続けていると、私のまぶたもだんだんと重くなってきてしまって、「ほんとに寝るの?」とふわふわした意識の中でなんとか口に出す。


「んー……」


 わしゃわしゃと髪をかき混ぜられて、それから軽く抱き寄せられて。その力の入らない手つきにもう、綱吉さんが半ば眠りに落ちていることがわかって、ああ、相当疲れてるんだなあ。


「綱吉さん」
「んー……?」
「……すき」


 ……返事がなかったことに少し安堵しながら、逆らえない眠気に私も身を任せることにした。

 起きてからもきっと、綱吉さんをたくさん甘やかしてあげよう。ドン・ボンゴレとして人の前に立って、立派に背筋を伸ばしている綱吉さん。けれど本当はとっても甘えたさんなのを、きっと私だけが知っているから。
 今日はとくべつだよ。恥ずかしいからやだっていつも断るひざまくらも、今日だけしてあげよう。綱吉さん、喜んでくれるかなあ。

 まどろみの中でもう一回だけ名前を呼ぶと、背中にまわされた綱吉さんの腕に、すこしだけ力がこもったような気がした。おやすみ、綱吉さん。




20201113
#復活夢版深夜の真剣創作60分一本勝負
お題「おうちデート」(加筆修正済)


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