青く深い




※虎杖くん視点でお話が進みます




「悟くん」


 ん? サトル……誰だっけ。鈴が鳴ったみたいな声が後ろで知らない名前を呼んで、つい首を傾げたところで、隣で聞き慣れた声が軽い返事をして──謎が解けた。
 そーだ、五条悟だ。いつも五条先生って呼んでるから、ピンと来なかった。「悠仁、ちょっと待ってて」並んで歩いていた五条先生に声をかけられて、返事をして立ち止まった。

 足音が後ろに遠ざかって、なんとなく少し躊躇ってから振り返ると。五条先生のデカイ身体の向こうに、華奢な女の人が見え隠れしていた。


「悪いねなまえ、わざわざ高専まで来てもらっちゃって」
「ううん。私もついでだったから」


 親しげな様子をついぼーっと見つめてしまっていると、五条先生が身体を傾けた拍子にばちりと目が合った。その女の人と。あっどーしよ、そう思う間に会釈なんかされてしまって、慌てて気をつけの姿勢で頭を下げた。


「こんにちは。生徒さん、だよね?」
「はい、虎杖悠仁です! よろしくおなしゃす!」


 まずは挨拶。ナナミンにも言われた通りに名乗ると、その人も「みょうじなまえです。よろしくね」と丁寧な自己紹介に笑顔を添えてくれた。


「いい子だねえ、悟くんの生徒さんなのに」
「ちょっとちょっと、それどういう意味」
「あはは、冗談だよ」


 ゆるく優しい空気が流れ始めて、なんかこう……オーラを感じる。幸せオーラみたいな。……俺って、わりとそういうことにニブイ自覚はあるけど。これはもう、そうでしょ。プライベートがなかなか謎に包まれている五条先生の、とっておきの一面を見つけたような気がして、つい頬が緩みはじめてしまう。

 二人の会話が途切れたタイミングを狙って「あのさ」と声をかけると、二人は一斉にこちらを見て、それから同じ角度に首を傾げた。おー、息ピッタリ。絶対そうじゃん。


「もしかしなくても、みょうじさんって先生のカノジョ?」


 少し目を見開くその人の隣で、五条先生がゆっくりと口角を上げた。

 ──なんだ、これ。楽しそう、とは多分違う。何か企んでいるときのようなそれでもない、と思う。嬉しそう……そんな風にも見える笑い方で、黒い布の奥にあるあの綺麗な目が、細められているような気がした。


「…………そ。彼女」


 五条先生がそう答えた途端。かっ、と体温が上がった。いや、なんだ、なんだこれ。それは聞いたことのない甘ったるい声で、「彼女でーっす!」ぐらいの反応を予想していた俺には、なんつーか刺激が強過ぎて。……やべえ、なんか覗き見ちゃったのかもしんない、大人の世界ってヤツ。
 ぱん、と思わず頬を両手で打ってしまうと、五条先生が今度こそ楽しそうに笑った。


「本っ当、落とすのに苦労したんだよ、ね?」


 そう言って、一瞬だけ纏ったあの空気をもう取り払ってしまった先生が、彼女さんの肩を抱いたところで気付く。彼女さんの方も真っ赤になっていて……いや、やっぱり今の五条先生ヤバかったよな。ヤバかった。


「えっ、いや、や、やめよここでそんな話」


 ──ていうかやっぱり、先生の雰囲気がなんか……やわこい。デカイ図体を押し戻す彼女さんを見ながら思う。さっきのむせ返るような色気に圧されてわかりづらかったけど、気が緩んでるっつーかなんつーか、素の五条先生を見た、ような。


「じゃあ僕、ちょっとだけこの子の用事付き合うから。悠仁、先行っててくれる?」


 これまたぼーっと見つめているところに話を振られて、言葉を呑み込む前に「でも悟くん、」と彼女さんの声に遮られるから、慌てて背筋を伸ばした。


「いや、俺は大丈夫っす!」
「悪いねー」


 それから二人の背中を見送っていると、五条先生の長ーい身体が彼女さんに寄っかかったり、そして軽く引き剥がされていたり。そんなじゃれ合う姿が本当に仲良さげで、すげえ……と自然と声がこぼれていた。

 なんか一瞬だったのに、もうわかる。先生、めっちゃ彼女さんのこと好きじゃん。うわあ、なんかテンション上がる。そんで俄然気になる。
 もしかして伏黒ならなんか知ってっかな。後で聞いてみよ。そう思いながら、ずいぶん小さくなった二人にそっと背を向けた。


 そうして伏黒から、五条先生は十年越しの恋を成就させていた──なんて、そんなびっくり仰天エピソードを聞いた俺がひっくり返るのは、また別の話だったりする。


20210302



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