早蕨




晩翠 とすこしつながっています





 恵くんはいつも多くを語らない。きっと少し落ち込んでいるように見えるときも、何も話してはくれない。「私が力になれることがあれば……」そう常々声はかけているのだけど、「ありがとうございます」なんて曖昧な笑顔で濁されてしまうのだ。

 付き合ってしばらく経って、私の悩みや泣き言を聞いてもらうことはままあった。恵くんは聞くのがとても上手で、静かに優しく寄り添ってくれて。それが本当に私にとっての救いで、だから。


「……恵くん、何かあった?」


 隣に座る恵くんが、はっと顔を上げた。恵くんは昨日の任務明けからなんとなく元気がなくて、きっとそれは思い過ごしじゃない。
 高専にいる間も、夜こうして恵くんの部屋に来てからも。いつにも増して口数が少なくて、それから……もうこれは感覚でしかないけれど、どことなくしおらしい雰囲気を感じてしまうから。


「いや……」
「……話したく、ない?」
「そういう、わけじゃ」


 歯切れの悪い返事と苦々しい表情。逸らされた目線が気まずい。
 ……今こんなことを言って、悩む恵くんを困らせるわけにはいかないとわかっていても。「私じゃだめかな」なんて言葉がこぼれ落ちていた。


「……何言って、」
「……いつも、何も言ってくれない、し。なんかちょっと、お節介だったかなって、」
「っ、んなわけないでしょ」


 遮るみたいにそう言われたかと思うと、気付くと腕を強く引かれていた。──恵くんの胸元にすっぽり収めるみたいに抱き寄せられていて、「違います」なんて降ってくる声はどこか弱々しい。


「思った事ないです、お節介なんて」


 ……じゃあ、なんで。ほんの少し拗ねたような響きを含んでしまった声に、恵くんがぼそりと何か言ったけれど。その呟きはあまりに小さかったので聞き逃してしまって、「なんて……?」と恐る恐る聞きかえす。


「……はぁ、」
「……ごめん」
「いや、謝んないでください。……俺が悪い、すいません」


 何も返事をできないでいると、しんとした時間がしばし続く。軽く髪を撫で付けられて、その手つきは今も優しかった。


「……格好付けてたかった、なまえさんの前では」


 逡巡の末にこぼされた言葉は、それでも少しだけ判りづらくて。「かっこつけ?」とつい疑問を返してしまう。言いづらそうな咳払いが、部屋に小さくこだました。


「格好悪ぃじゃないですか、……泣きごと言ったり、そういうの」


 だから、そういう処は見せたくなかった。言って小さく鼻を啜る音がして、ほんの少し腕の力が強くなる。

 ああ、そっか、そういうことだったんだ。もう少し頑なかと思いきや、存外素直に語られたそんな理由が腑に落ちて。緊張や不安、そんなもので強張りかかっていた肩の力が抜ける。
 ……いつだって格好良い恵くんはもちろん大好きで、だけど。


「かっこよくは、ないかもしれないけど……」


 私の中途半端な物言いのせいか、ぴくりと恵くんの腕が震えた。「でも、」と慌てて言葉を継ぐ。息を吸い込んで、そっとその背中に腕を回して。


「……私は、素直な恵くんのほうが……好き、だよ」
「好……っ、」


 口に出した言葉の重みや少しの照れ、それから今まさに、恵くんの心に踏み込もうとしていること、とか。それらに突き動かされた心臓がばくばく煩くて、少しずつ身体が熱くなっていく。
 ……だけど、恵くん。かっこいいとかかっこ悪いとかは関係なくて、私はあなたの力になりたくて。少しでも伝わってほしくて、ぐりぐりと胸元に頭を擦り付けた。


「私はいつも、恵くんに助けられてる」
「……そんなこと、」
「あるよ、そんなこと。……だから私も、恵くんの話を聞きたい」


 ただ手を繋いで、ゆっくり寄り添ってくれる恵くんのすがたを思い出す。力が弱まっていた腕から抜け出して、恵くんの真似をするみたいにその手を握ってみた。私より大きくて、あたたかい手。

 なにも背負っていないような顔をして、本当はたくさんたくさん、心の中に抱え込んでいるんでしょう。半分なんておこがましいことは言わないから、どうか。ほんのちょっとでも分け合わせてほしいな、なんて。想いを込めるみたいに、恵くんの右手を両手で包み込む。かち合った視線のさき、一瞬だけ瞳がきらめく。


「……あの、」
「うん」


 ふいと逸らされた視線に構わず、私は恵くんを見つめ続けた。俯いたまま深呼吸をした恵くんが、少しずつ右手に力を込めているのがわかる。「なまえさん」名前を呼ばれて、もう一度「うん」と返事をした。できる限りに、力強く。



「昨日の話、聞いてくれますか」



20210226




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