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会社の最寄駅で電車を待つ私のスマホが、コートのポケットの中で小さく震える。取り出して画面を覗くと、それは予想通りの相手からのメッセージだった。

その送り主は、私よりもずっと年下の高校生。ひと月ほど前に彼のアルバイト先で出会った。
自宅と駅を繋ぐ道から少し外れた、滅多に行かないコンビニ。その日はあんまりにもぼーっとしていて、気づいたらそこにたどり着いていた。
まあついでにここで晩ご飯でも買って帰るかと店に入って、適当に選んだパスタをレジに持っていくと、そこにいたのが彼、我妻くん。

ふいに目が合って、ほぼ反射的に、なんて綺麗なんだ、と思った。
明るい金髪に色素の薄い目、そんな見た目もだけど、なにより纏う雰囲気が澄んでいた。

かち合ってしまった視線を慌てて逸らしながら、高校生かなあ眩しいなあ、と考えた瞬間。「連絡先教えてください!」なんてひっくり返った声で告げてきて、は?なんて可愛くない返事が溢れ出てしまった。
後ろに数人並んでいた上、彼の上擦った大きい声で注目を集めていたことが恥ずかしくて、慌ててレシートの裏に某アプリのIDを走り書きして、逃げるように店を出たのだった。

それからメッセージのやり取りをするようになってしまって、流されやすい人間代表のような私は、冷たく遇らうこともできずにだらだらとそれを続けていた。
我妻くんが当たり障りのない質問をしてきて、それに私が答えるようなやり取り。私の返信が遅いせいで1日に2往復すればいい方だが、我妻くんは飽きずにメッセージを送り続けてきてくれる。しかもどんな些細な事でも、褒めるみたいに返事をしてくれる。

たとえば、休みの日の過ごし方を答えただけでも、『俺なんてバイトない日は昼まで寝ちゃうので、お出掛けできるなんてすごいですね』とか、仕事が大変か聞かれて肯定しただけで、『働く厳しさはまだわからないけど、毎日遅くまで働いていて本当にかっこいいです!』とか。

高校生に褒められて喜ぶ大人、なんて。そんな情けないことあります?とは思う。
でも、彼氏は学生時代以来いないし、会社でも結果を出せず空気みたいな扱いで、誰かに褒められることなんてなかなか無い生活をしている私にとって、我妻くんとの会話は楽しくて嬉しくて。最早、癒しに近いものになりつつあった。

電車の中で、受信したメッセージをぼんやりと眺める。蕎麦とうどんどちらが好きか聞かれて、うどんだと返信した私に対して『うどんは消化が良くていいと思います!俺もうどんが好きです。瑠璃さんは好きなトッピングとかありますか?』なんて返ってきていて。
それ聞いてどうするんだろうと小さく笑いながら、画面をタップしてキーボードを開いた。いつも家に帰ってから返事を打ち込むけれど、なんだか今日はそういう気分だから。


『釜玉かな。我妻くんは何が好き?』


送ってから2秒と経たずに既読マークが表示されて、思わずどきっとする。リアルタイムでやり取りするのはあまり得意ではないので、返信がきてしまう前に画面を閉じようとしたけれど、時すでに遅し。画面に白い吹き出しがすぐに現れてしまった。高校生のレスポンスの速度、舐めちゃいけないな。


『初めて質問してくれた!! 釜玉、俺も好きです!!』


初めて、という文字列に、そうだったかと首を傾げる。軽くスクロールして遡ると、確かに私が『?』を使っている形跡はまるで無かった。

なんだか、そう言われてみれば。だんだん我妻くんに興味が出てきて、訊きたいことが出来てきてしまったような気がする。我妻くんが一方的に聞いてくるから、差し挟む隙がなかっただけで。
私は聞かれてばっかりで、そういえば知らないことだらけだ。はじめの堅苦しい自己紹介で、名前と高校生だということを知ったぐらいかもしれない。そもそも何年生なんだろう。どこの高校かな。あの金髪は染めてるのかなあ。そもそも、どうしてこうやって飽きずに私に連絡してくるんだろう。

画面に指を滑らせようとすると、アナウンスが目当ての駅への到着を知らせてくる。スマホを仕舞って扉に向かうと、また一度それが振動した気がした。
押し流されるみたいに電車を降りて、今日の晩ご飯はうどんにしようかなあ、なんて考える。確か、駅前にチェーンのうどん屋さんがあったから、今日はそこで食べて帰ることにしよう。

そう決めて、いつも通り改札を抜けて歩くと、目指す出口から冷たい風が吹き込んでくる。慌ててマフラーに口元まで埋めたそのとき、視界の端がきらりと金色に光った。

思わず、足を止めてそちらに視線を向ける。後ろ姿しか見えないけれど、確かに一度見たことのある金髪がそこにはあった。
紺のブレザーにグレーのスラックス、そして黒にイエローのラインが入ったリュック、なんてシンプルな組み合わせが、彼の綺麗な髪を引き立たせている。つい見つめていると、何かに気付いたようにその人が振り返って、綺麗な目をまん丸にしてみせた。


「あっ…!」


そう声をあげるや否や、まるで飛んでくるみたいに瞬く間に距離を詰めてきて。気付いたら目の前に我妻くんがいた。


「こ、こんばんは…」


その剣幕に若干驚きつつも挨拶をすると、我妻くんも「こんばんは」なんて緊張した面持ちで言ってきて、その表情になんだか照れを感じて目を逸らした。
前が開けられたブレザーからは、ベージュのセーターが覗いているのが見えて。その着こなしが可愛くて、なんだか羨ましくなった。


「我妻くん、だよね?」
「は、はい!その、お久しぶり、です」


と、そこで。人混みのど真ん中とまではいかないが、そこそこに邪魔になりそうな場所で会話をしていることに気付いてしまって、「とりあえず歩こっか」と我妻くんを促す。
ひとつ頷いてからなぜか私の半歩後ろを歩く我妻くんを、大型犬みたいだと一瞬だけ思ったのは、口には出さないでおいた。

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