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「あ、あの。いつもお返事ありがとうございます」


少し言いづらそうに口を開いた我妻くんは、メッセージでビックリマークや絵文字を多用する元気な印象とは少し違っていて。緊張しているであろうその様子が可愛く思えて、自分の緊張は幾らかほぐれていった。


「いいえ。我妻くんこそ、いつもありがとう」
「え?」
「たくさん褒めてくれるから、いつも元気貰えるよ」


そう言って斜め後ろを見ると、口を引き結んで顔を赤くする我妻くんがいて。緊張がほぐれたなんて言っていたのも束の間、顔に熱が集まってきてしまった。ちょっと、高校生相手に恥ずかしすぎる。数年間彼氏がいないとこうなるのか…と小さくため息をつきつつ、「そんな照れないでよ〜」と少し上擦った声で平静を装ってみた。


「あの、我妻くんは今からバイト?」
「いや、今日は委員会があったので、バイトは休みで」
「そっか」


そんな会話をしながら、駅の出口を通り抜ける。どうしよう、我妻くんはどっちに行くんだろう。うどん屋さんがある方向に曲がると、我妻くんも自然についてきた。え、どうしよう。


「あ、あの」
「どうしたの?」
「…ご飯、食べましたか?」


突然の質問に面食らいながらも「まだだよ」と返事をすると、我妻くんは黙ってしまった。あれ、この質問はご飯に誘われるパターンか、と思ったけど違った? 高校生の考えることはよくわからなくていけない、なんて思いつつ。
もしかして我妻くんもさっきの会話でうどんを食べたくなったんじゃないかと、遠くに見えてきたうどん屋さんを見据えながら「我妻くんはお腹すいた?」と聞いてみた。


「あ、はい…」
「私、今からそこでうどん食べようと思ってるけど、その…一緒にどう?」
「行く!!」
「ひっ」


いきなりの大声につい肩をびくつかせると、「あっすいません」なんて焦った様子で、我妻くんが隣に並んでくれた。
でもその裏返ったような大声に、連絡先を聞かれたときのことを思いだして。彼はばつが悪そうな顔をしているのに、申し訳ないと思いながらつい笑ってしまうと、我妻くんもへにゃりと柔らかい笑顔を向けてくれた。


「なに食べる?」
「釜玉と…いなり寿司と、かぼちゃ天です、かね」
「えっ! 私も同じ組み合わせが好き!」


そう言うと、また我妻くんは笑ってくれて。
二人で笑い合いながら、脳裏に一瞬だけ、制服を着た自分が思い浮かんだ。同じ紺色のブレザーを着て、グレーのスカートを数回折って穿いて、ちょっとヒールのあるローファーを履いちゃったりなんかした、キラキラした女子高生の自分が。
まあ実際はもっと地味なセーラー服だったし、スカートは校則違反が怖くて折れないヘタレだったし、彼氏と登下校なんかもしたことはなかったけれど。

浮ついた気持ちを抑えながらうどん屋さんに連れ立って入ると、タイミングが良かったのか案外空いていて、すぐに注文することができた。
レジに辿り着いて財布を出そうとすると、「俺が!払います!」と我妻くんが割り込もうとしてきて、「いやダメダメ!」と慌てて身体を動かしてレジ前の位置を死守する。


「高校生に奢らせるなんてダメ!」
「ごち、ご馳走させてください!」
「いやちょっと、自分で払う!払うから!」


ごたごたと揉み合うみたいにしながら言い合っていたけれど、ふとレジの向こうの冷たい視線に気付いて、すっと背筋が冷えた。
いやいや待って、レジ前で高校生と喧嘩なんて、私はいい大人なのに何をやっているんだ。あんまりにも恥ずかしすぎる。


「俺が払…」
「後で!後でね!今は周りの迷惑になるから!」


私の頭より高いところにあるそのふわふわの金髪に、とっさにチョップを打ち込んでしまうと、我妻くんは目をまん丸にして黙った。しまった、と思ったけど、今はとりあえず黙らせるのが先だ。

相変わらず冷たい目をしている店員さんにぺこぺこ謝りながらお会計を済ませてから、カウンター席にトレーを運んで、防寒具を置く。すると、我妻くんもお会計を済ませたのか隣にやってきて、口を尖らせたままそこにトレーを置いた。


「何も叩くことないのに…」
「周りのご迷惑になるでしょ…我妻くんはなんとか許されても、私は許されないんだから」
「…すみません」


しゅんとしてしまった我妻くんに、やっぱり悪いことをしたなぁと思いながら謝ると、少しだけ口元が緩んだのが見えた。


「…でも俺、瑠璃さんはもうちょっと物静かな方かと思ってました」
「…え、私?」
「はい、なんか…コンビニで会った時も、随分悲しげだったし」


悲しげ、そう言われて、そうだったかなあと頭を掻く。
でも確かに、こんなに気の向くままに喋ったのも、笑ったのも、今みたいに怒ったのも、久しぶりだったかもしれない。会社と家の往復で、表情筋を動かすことがそうそうなくなっていた私にとって、たったの15分ぐらいだけど、こんな時間は随分と新鮮だった。

店に入る前の妄想みたいなものが、またちらつく。
制服を着て、レジの前で我妻くんと喧嘩をする私。ああそうか、私、高校生やり直したいってよく思うもんなあ。


「確かに私、そんなに明るい方じゃないんだけど」
「そうですか…」
「なんかね、我妻くんと居ると、学生に戻ったみたいで面白いなって」
「なるほど…?」


そう言いながら、首を傾げる我妻くん。高校生にそんなこと言ったってよくわからないよね。
食べよっか、と声をかけると、我妻くんは行儀良く手を合わせてから、お箸を手に取った。私も真似をしてからうどんを食べ始めると、求めていたその味に頬が緩む。隣を見ると我妻くんも美味しそうにうどんを食べていて、誘ってみて良かったな、なんて思った。

並んで食べながら、疑問に思っていたことをいくつか聞いた。彼は今をときめく17歳の高校二年生で、驚くことに金髪は地毛らしい。ご両親が金髪なの?と聞いたら、血の繋がらないお爺様と暮らしているそうで、家庭事情を軽率に聞いてしまったことを後悔した。我妻くんは構わないと言ってくれたけれど。



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