お味はどうですか?


「どう? 時透くん」
「……おいしい」
 出会って数時間、時透くんの目が今までで一番きらきらと輝いていて、つい小さくガッツポーズをしてしまう。
 お味噌は冷凍のひき肉を引っ張り出して肉味噌にして、時短のために電子レンジを活用しつつ昆布出汁で煮た大根と、にんじんとブロッコリーも添えて、ちょっと彩りよく。あとはだし巻き卵とお吸い物と白米、まあちょっと人に振る舞うにしては質素だけど、急だったのでそれは仕方ないとして。なんにせよ時透くんのお口に合ったようで、目を輝かせながら食べ進めてくれて、なんだか……こう、母性本能ってやつをくすぐられてしまう気がする。
 それに実家を離れて久しいもので、誰かと家でご飯を食べるなんて元彼との食事以来だ。しかも元彼は私の料理に文句しか言わなかったし、繊細な味の和食は食べてはくれず味の濃いものばかりリクエストされていたし。元々和食が好きな私にとって、こういう食卓で喜んでくれる相手というのは貴重で、すごくすごく嬉しかった。
「……美味しかった。ごちそうさま」
「はい、お粗末様でした」
「お姉さん、見かけによらず料理上手だね」
「んへへ〜ありがとう」
 なんか、ツンケンして反抗期真っ只中なのかと思いきや、結構素直なところもあるなぁ。表情も心なしか柔らかくなったし、もしかしてちょっと仲良くなれたりしちゃうのかな?
「なにその変な笑い方」
 けれど一転、きんと冷えた時透くんの瞳を見て私は微笑むことしかできなかった。言葉がキツいな、素直な分。……よく考えたら「見かけによらず」とか言われてるし。   


 ◇


 それから現在の状況を分析すべく、嫌がる時透くんを特製ホットココアで釣って話し合いをした。
 いやなんてったって、マレチだの鬼だのよくわかんないけど、あんな化け物の存在を知った以上、対策とか詳細を知っておかないと気が済まないというか。よく食われなかったねとか言われちゃ、ちょっとアレというか。
「つまり、鬼の術の影響で、時透くんは百年後に飛ばされた?」
「うん」
「私はその、稀血ってやつで、夜道を歩けばまず鬼に狙われてしまうと」
「そうだろうね」
「で、時透くんがボディーガードをしてくれると?」
「なにそれ?」
 流れで頷かせようとしたけど、ああダメだ、横文字が通じない。大正時代ってどこまでカタカナオッケーなんだろ、と思いつつ、「時透くんが私を守ってくださるということ?」と言い直すと、案の定「はあ?」と返ってきた。
「僕も忙しいんだけど。よくわからないけど術を解かないといけないし」
「うん、わかる、わかるけど……うーん……」
 必死で考えを巡らせる。どうにかこうにか彼を繋ぎ止めないと、私はたぶん食われて死ぬ。食われて死ぬ、トップクラスに嫌な死に方じゃないか? 相手が鬼ならそのままいかれるだろうし、せめておいしく料理してもらえたらまだいいけれど。いやよくないよ何も。
 うーん、時透くんにも、私にもメリットがある方法ってなんだろう。鬼は夜しか活動できないって言ってた。日の光に当たると消えるんだ、と。……あれ、じゃあ案外簡単では?
「じゃあ、夜だけうちに来るってのはどう!?」
「ええ……」
「時透くん、寝る場所のあてはあるの?」
「どうとでも出来るよ」
「うっうーん……あっ、ご飯! 毎日晩ご飯作るよ」
 ぴく、と時透くんが微かに動いた。
 じり、じり、視線が交わる緊張感。命とごはんの交換なんて実に割に合わないとは思うけれど、確かに無一郎くんには響きそうになっている。「お望みとあらばココアもいつでもいれます」と畳み掛ければ――ほどなくして無一郎くんは、ふう、と息を吐き出して、ひとつ頷いてくれた。
「……わかった。夜の間お姉さんを鬼から守って、僕はご飯をご馳走してもらう、ってこと?」
「そう! ウィンウィンでしょ!」
「……うん」
 ついカタカナ語を使ってしまったけど、私が時透くんの発する謎の専門用語をスルーし始めたのと同じように、時透くんもスルーの姿勢に入ってくれた。うん、なかなかこれはいい契約が結べるかもしれないぞ。
「私も昼間は仕事だから、昼は自由にしてくれたらいいし」
「うん。じゃあ昼の間は鬼殺隊を探してみようかな」
「うんうん。……あっ刀は置いていくんだよ刀は」
「え、なんで?」
「捕まる! 警察に捕まって、檻の中で暮らすことになるよ!」
「……でも術が解けた時に持ってないと困るんだけど」
「うーん」
 思案した末、あ! と声を張り上げてしまって、また時透くんをビクつかせることになったけど。小さなクローゼットから竹刀袋を取り出してくると、時透くんは首を傾げた。
「これに入れて担いで行きな。で、誰かに何か聞かれたら『剣道部です』って言えばいいよ」
「わかった」
「『剣道部です』ね。で、食い下がられたらすぐ逃げな」
「はいはい」
 ちょうど時透くんの瞳の色みたいな、緑っぽい竹刀袋。試しに刀を入れてみる時透くんを見ていると、すっぽり入ったらしい、よかった。
「あ、それからね、その服も目立つからお洋服着て」
「……ええ」
「ちょっとの辛抱だから! 怪しまれて檻の中に入れられるよりはマシだよ」
「平成、ではそんなに簡単に檻に入れられるの?」
「檻も怖いけど、人の目もね。SNSでの晒しとかほんとに怖いからね」
「ふうん」
 きっとわかっていない返事をする時透くんの声を聞きながら、元彼の置いていった荷物を漁る。
 すみませんね、元彼の残留品ばっかりで。二ヶ月前に別れてからいろいろノータッチなんです。多少なりともショックで。数着残された元彼の服は時透くんにはちょっと大きいかもしれないけれど、まあ着られないことはないでしょ。なんならアウターを着てしまえばなんとでもなるし、寝巻き用のジャージでも時透くんの顔面ならぜんぜん外歩けそう。まあ足元はとりあえず草履で、ビーサンっぽいしいけないことはないはず。季節外れではあるけど、今はなんかサンダルに靴下を履いたりするらしいし、そういうファッションってことで。
「あ、それから」
「なに?」
「私の名前、さくらっていうの。さくらさんって呼んでよ」
「別にお姉さんのままでいいよ」
「冷たいよ無一郎くん。仲良くしよ?」
「……お姉さん、のままでいいよ」
「ねえそんな目で見ないでくれる?」

 まあ前途多難だけれども、なんだかかわいい弟ができたような気がして、ちょっとほっこりしている自分がいたりして。
 ……いや彼の素性もわからないし、命の危機は迫っているらしいけれど、せっかくなら楽しんでいかないと損でしょう。





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