開運招福のお守りですね


 使わない布と、針と糸を貸してほしい。突然そう言われて不思議に思いつつも、根掘り葉掘り訊かれるのも嫌かもしれないと、何も言わずに端切れと裁縫セットを渡して一週間ほど。無一郎くんが突然、見覚えのある柄の小さな袋のようなものを渡してきた。ついこないだあげた端切れの柄だった。
「あげる」
「え」
 やっぱり、袋、だろうか。すこし不恰好ではあるけどきゅっと口が閉じられていて、巾着のようなころんとした形がかわいらしい。無一郎くんの手のひらに乗ったままのそれをかるく覗き込むと、ふわり、柔らかく甘い香りが漂ってくる気がする。
「……下手だし不恰好だし、いらないならそれでいいけど」
 ……と、状況が把握できず黙って覗き込んでいた私に、無一郎くんはそんなことを言う。手を引っ込めようとするから、慌てて「まってまって!」と声を張り上げてしまった。
「なになになに、いらなくないからイチから説明してください!」
「声大きいって……」
「今回ばかりは言葉足らずな無一郎くんが悪くないかな!?」
 ごめん、口に出していないもののすこし不恰好だなんて思ってしまったけれど。突然すぎる「あげる」にもめちゃくちゃ戸惑ったけれど。いらないなんて言っていない。そうして少し黙った後、無一郎くんはぽつりと「お守り」とだけ言った。
「えっと……開運招福的な?」
「そんな曖昧な話じゃない」
 それだけ言い残して踵を返して、すたすた、無一郎くんは自室に戻ってゆく。……え、これで話終わり? 相変わらずだけど今日はいつにも増してよくわかんないな、なんて失礼なことを思っていると、無一郎くんはすぐに戻ってきたからちょっとドキドキした。よく見ると、手に持っているものが増えている。
「……これ、なに?」
 覗き込んでみると、そこには紙皿に乗せられた紫色の……これは、お花、だろうか。それもきれいに乾燥させられたもの。ふわりと漂う香りは「お守り」のそれとたぶん同じだった。
「藤の花。近くの藤棚でやっと咲いたから」
「なるほど……?」
 話がちっとも読めない私に、無一郎くんはぽつぽつと話してくれる。藤の花の香りは鬼が嫌うもので、藤が咲く場所には鬼は近づかないこと。その習性を利用して、お香を焚いたりこうして香り袋を持ったり、そんなふうに鬼除けをするのだということ。
「え、じゃあつまり」
「うん」
「鬼除けのお守りを作ってくれたってこと!?」
「まあ……」
 えーすごい、と拍手してしまう私に、無一郎くんはちっとも嬉しそうにはせずに、温度差のある微妙な表情のまま「でも」と言葉を継ぐ。
「きっと二、三ヶ月で香りは無くなるし……鬼殺隊にあったものより香りが弱いから、そんなに効果がないかもしれない」
「えっでもいい匂いするよ」
「いつも隠が作ってたから何か作り方があるのかも。僕は匂い袋は作ったことないし……」
 つ、作ったこと、ないのか。相変わらず無一郎くんの手元におさまっているそれは、たしかに言う通りに不慣れな感じを醸し出している。昔々に暮らしていた男の子だし、お裁縫も得意なほうではないのかもしれない。それでも、そんな無一郎くんが、わざわざお守りを作ってくれた。こ、これってすごいことなんじゃないか。
「う、うれしい……」
「そんなに?」
「うん、うん、めちゃくちゃ嬉しい」
「……時間稼ぎにはなるけど気休めだし、これひとつで命が保証されるわけじゃないから。そんなに喜ばれても……」
「いや、そうじゃなくてね」
 どこか険しい顔の無一郎くんの話を遮れば、ぱちぱち、彼はまばたきを繰り返す。作ったはいいけれど、いろいろと思ったようにできなくて渡しづらくなってしまったのかもしれない。でもね、そんなことは関係なくて、そうじゃないんだよ無一郎くん。
「無一郎くんが、私にお守りを渡そうって思ってくれたことそのものが、めちゃくちゃ嬉しいってこと!」
 え、と固まった後、少しのあいだ合わせていた視線は取り上げられて、無一郎くんは俯いてしまう。ほどなくして「そう」とだけ返ってきた声は照れ隠しなのかもしれない。思わず緩む頬もそのままに「大事にするよ、約束する!」と両手を差し出すと、一瞬だけ私を見遣った無一郎くんは、渋々といった様子で手を差し出してきて。ぽん、と手のひらに柔らかい香りが乗っかった。
 大した気持ちなんかは込められていないのかもしれなかった。けれど、私が襲われてしまわないように、そんなあたたかい想いがここに綴じ込められていることだけは確かで。最初の頃に言われたように、「僕のご飯はどうなるの」なんて気持ちかもしれない。ただ後味が悪いからというだけかもしれない。約束を守ろうとする律儀さからくるものでもあるだろう。それでも、甘くやさしく香る想いが手の中にあるだけで、今の私はそれだけでよかった。
「ねえ、あんまりまじまじ見ないでよ。針仕事は得意じゃないから」
「……いや、でもこれ玉留めできてるよね。充分すぎるよ」
「お姉さんは……できないの?」
「できないよ、いつもテキトーに結んでるもん」
 ふ、とふき出す声がして、つい「ちょっと、笑った!?」と反応してしまうと、依然くすくすと笑い続ける無一郎くん。彼を包むすこしだけ濁った空気がぱっと晴れたような心地がして、私のことで笑ってくれるならいくらでも。後で和菓子屋さんにでもお出かけして、お礼にかしわ餅なんかを買ってあげようかな、なんてことを考えている私の手の中で、お守りはやさしく静かに佇んでいた。





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