きっと素敵な日になりますね


「無一郎くん! 明日はケーキを買いにいきましょう」
「ケーキ? お姉さんが食べたいから?」
「違うよ、あっ違わないかも、いや違います! 無一郎くんのためだよ」
 明日からは、なんと。大変ありがたい連続休暇、お盆休みで、しばらく仕事から解放される。今日はその素晴らしい連休の幕開けとなる素晴らしい金曜日なわけで、サプライズにしようかと少し思っていたケーキの話も軽々と出してしまって、浮かれた人間というのは怖いなと思うばかりである。
 街灯にぼんやり照らされる蒸し暑い夜道は、それだけなら楽しいものではないけれど。無一郎くんが「僕のため……」と小さくつぶやく横顔を眺めていると、憂鬱な気持ちなんてどこかに行ってしまいそうだ。
「ホールケーキ買っちゃおう、まん丸のやつ」
「丸……? ケーキはさんかくじゃないの?」
「あっ、うっ、無垢な幼児みたいなこと言わないで」
 なにそれ……とそっぽを向いてしまった無一郎くんの背中には、綺麗なグリーンの竹刀袋。この中にはガチの真剣が入っているのだから驚きだ、と仕事帰りに迎えにきてもらうようになってから二ヶ月とすこし、毎日同じことを思っている。時にそれが抜かれて、輝く白い刀身が鬼の頸を切り落としてしまうのだから、もっともっと驚きなわけですが。
 ともかく私の日々の平穏や命の安全は無一郎くんのおかげで保たれているし、何より毎日楽しくて仕方がないから。年に一度の誕生日がせっかくやってくるんだから、盛大に祝ってあげたくもなるというもの。
「明日は午前中のうちに家を出て、お昼にパーティーしよう!」
「午前はケーキ屋さん?」
「そうそう、夜だと無一郎くん、狩りに出ちゃうかもしれないしね」
「狩り……まあ間違ってないけどね。オッケーだよ」
 まだ覚えて日が浅いはずの「オッケー」なんて言葉も無一郎くんはサクサク使いこなすし、スマホももうすっかり使い慣れたようで。若い子の吸収力はいつの時代もすごい。いや、私もまだ若いけれど。
「……若い……といえば無一郎くん、いくつになるの?」
「……十四? いや、十五だっけ……」
「なんとも曖昧な……まあそうか、時空が歪んでるもんね」
「うん……まあね」
 と、その瞬間。無一郎くんの纏う雰囲気が、すっと引き締まる。……悲しいかな慣れ始めてしまったこの感覚。今週は鳴りを潜めていたけれど、金曜になってようやく姿を現したらしい。
「……いい? 蹲ってじっとしててよ」
「はい! わかりました!」
「声が大きいよ」
 そう言い残してから軽くアスファルトが蹴られたのが見えたけれど、無一郎くんのスニーカーは僅かな音も立てなかった。竹刀袋がぱさりと落ちる音よりも静かに、その姿が闇に溶けていく。その袋を回収するのはいつも私の役目で、そそくさとそれを拾ってから言われたとおりに道の端にしゃがみ込んだ。
「すごいなぁ」
 道端から見上げた夜空で、月光とも街灯とも違う淡く白い光が、舞い踊るようにちらついている。ふわりと広がり霞んで消えて、また冷たく光っている。「呼吸」を使って戦うのだと言っていたけれど、あまりに非現実的でよくわからなかったなあ。無一郎くんには「お姉さんはわかんなくていいよ」とサラッと切り捨てられてしまって……いや、それも無一郎くんの優しさだったのかも。というか、きっとそう。
 これまた聞き慣れてしまった、ちょっぴりグロテスクな切断音。程なくしてサラサラと崩れ落ちるみたいな音がして、それと同時にとことこ、そんな年相応な足音が私に向かってくる。
「終わったよ」
「いつもありがとうね、お疲れ様です!」
「いーえ」
 渡した竹刀袋にさらりと刀を仕舞い込むと、軽々とそれを背負う無一郎くん。つい呆然と見つめてしまう私に、「早く帰ろうよ」と振り返らずに彼は言った。
 いつも素っ気ないけれど、やっぱり本当は優しいんだよね、無一郎くん。命を削って戦ってくれているのに恩を売るようなことは一切言わないし、交換条件のご飯も適当なものしか出せない日だってあるのに、食後は「ありがとう」って絶対言ってくれる。
 幾度となく感じたその大人びた雰囲気に、もしかして無一郎くんは年上なんじゃないかと思ったことは一度や二度じゃない。……あ、待って、もしかするとタイムスリップした百年分、彼は大人になっているんじゃないだろうか。
「ね、無一郎くん、何年生まれだっけ?」
「え? 1901年だけど」
「なるほどわかった、じゃあ114歳だ! 114歳おめでとう」
「……やめてよ、めちゃくちゃ嫌なんだけど」
「本気で嫌そうな顔しないでよ〜」
 はあ、とため息をつく無一郎くんに謝ると、「いいけど」なんて唇を尖らせて言うもんだから笑ってしまった。そのどこか幼い仕草からして、やっぱり十四回目か十五回目のお誕生日らしい。そうやって年相応なところを見せてくれることが嬉しいと、そう思うようになったのは、私も保護者が板についてきたということなのかもしれない。まあ保護というか、守られているのはどっちだという話だけど。

 ……無一郎くんが。今までどんな風にお誕生日を祝ってもらってきたか、私には到底わかりっこないけれど。とびきり嬉しくて楽しくて、今まで経験した中でおそらく一番近代的なお誕生日を、私がプレゼントしてあげるからね。
 元の時代に戻ることができて、たとえこの先、私たちが二度と会えなくなったとしても。きっとお互い忘れないくらいの素敵な思い出にできるといいな。
「……なんでそんなに嬉しそうなの?」
「んーん! 明日はきっと素敵な日になりますよ、無一郎くん!」
 無一郎くんは目をまん丸にして、そこからてっきり呆れた顔をするものだと思っていたら、予想に反してその目元はふっとやわらかく緩んで。それから「そうだといいね」といつもよりいくらかあたたかい声色で言うから、嬉しくなってつい何度も何度もうなずいてしまうと、「キツツキみたい」と無一郎くんに笑われた。例えのチョイスが絶妙すぎる。





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