仲良くなれそうですか?


 断捨離大会は明るくなる頃にやっと幕を閉じて、散らばった紙飛行機だとか片付けて時計を見ると、朝五時だった。部屋に入っていく無一郎くんを見送ってから布団に潜り込むと、すぐに睡魔がやってきて。そうして目が覚めたのは十時半で、余裕で昼過ぎまで眠っていたことがある身としてはまあまともな時間に起きられたな、といったところである。
 ほどなくして起きてきた無一郎くんと適当な朝食をとりながら、「そういえば」と声をかけると、パンのかけらを唇の端につけっぱなしの無一郎くんがゆっくりと首を傾げた。か、かわいいな。
「……かわいいって言われても嬉しくないけど」
「あっごめん。……え、私言ってた?」
「うん、まあ。で、なに?」
「あ、そうそう、スマホ!」
 買ったスマホの存在を忘れかけて紙飛行機遊びに興じていた私たちだけど、無一郎くんには早いこと使い方を覚えていただきたいなと思うのだ。無一郎くんはそうでもないのかもしれないけれど、インターネットに染まりきった現代人の私としては、連絡が取れないということがなかなかにつらかった。
 ふたりとも食べ終わったところでスマホの電源をつけて、ひとつひとつ説明していく。昨日悩んだ「アイコン」については、もう無一郎くんに順応してもらうことにした。無一郎くんの少したどたどしい発音の「あいこん」は妙にかわいかったので、たぶんこれでいい。
「これね、これでこうやって文字を打って」
「……わあ、すごい」
「すごいでしょうすごいでしょう。文明の利器ですよ。まあ無一郎くん器用そうだし若いし、すぐ覚えられるよきっと」
「うん……ありがと」
 電話の仕方、メッセージアプリの使い方、と基本的なところを教えたところで、検索エンジンの存在に思い当たる。そういえばバタバタしていて忘れていた。無一郎くんが探す「きさつたい」について何か調べれば、ヒットしたりしないだろうか。
 その旨を話してみると、ピンときたような顔をして、無一郎くんは検索バーに「鬼殺隊」と打ち込んでいく。ああそういう字を書くのかと思いながら、そして若干ドキドキしながら、一緒に画面を覗き込んでいたけれど。残念ながら存在しないワードとして扱われたらしく、平仮名で検索した時と同じく、要領を得ない検索結果が現れるばかりだった。
「……落ち込まないでよ、無一郎くん……」
「僕はそんなに。落ち込んでるのお姉さんでしょ」
「あう、それはそうかも」
「まだ望みはあるから色々調べてみる。便利なもの教えてくれてありがと」
 そう言ってスマホをすいすいと操作して、どうやらいくつかキーワードを打ち込んでいるようだった。けれど無一郎くんの表情は晴れないから、どうもうまくいかないらしい。
 それをまじまじと見詰めてしまっていたから、ふいに顔を上げた無一郎くんとばっちり視線が交わってしまって。「な、なに」とすこし照れられてしまうと、私も「イヤナンデモ」と早口で返すしかなくなってしまう。なにしろ顔が良いので。……けれどひとつわざとらしい咳払いをした無一郎くんが「それでさ」と空気を戻してくれるから、「どうしたの?」と私も居住まいを正した。
「明日もお姉さんは仕事?」
「そうだけど、どうしたの?」
「どうしたの? じゃないでしょ、帰り道。またひとりで夜道歩いてくるつもり?」
「あっ……!」
 そうだった、不覚! と口元を押さえると、予想はしてたけど、みたいな顔で無一郎くんが大きくため息をついた。でも残業しないで帰るのなんて難しすぎるし、鬼に襲われるかもしれないので早く帰らせてくださいなんて言えば、病院を勧められてしまって終わりだろうな。
「ねえどうしよう、私、今度こそ食べられちゃうかも」
「……」
「やだあそんな顔しないでよ……」
「…………僕が、迎えに行こうか」
 えっ、と声をこぼしてしまうと、無一郎くんの透き通るような瞳が静かに伏せられる。「嫌ならいいけど」なんて言うから、慌てて首をぶんぶん横に振りまくると、どこか躊躇うような視線が向けられて。いやいや、嫌なもんですか、願ったり叶ったりの提案だ。もちろん危険から守ってもらうことが一番の目的だけれども、帰り道が楽しくなりそうなことがただ嬉しかった。
「む、無一郎くんがいいなら、是非とも!」
「……僕も困るからね、お姉さんに何かあったら」
 そう言ってココアをひとくち啜る無一郎くんに「ありがとうね」と笑いかけると、「べつに」とぶっきらぼうな一言が返ってくるからちょっと微笑ましい。
「じゃあ駅までお迎えをお願いします! 昨日電車に乗ったところね!」
「そこまででいいの?」
「うんうん、会社から駅はすぐだしね。駅から家は暗い道もあるし、そこが弱点とみた」
「そっか、わかった」
 お迎え、お迎えかぁ。ひとり寂しい帰り道に、無一郎くんが居てくれるんだ。「じゃあ帰りに一緒にお買い物行ったりしようね」とワクワクしながら言ってみたら、「気が向いたらね」とつれない言葉が返ってきたけれど、その表情はどこか柔らかい、ような気もする。ほんの少しずつだけど、心を許してきてくれているのかもしれない。
「あしたから楽しみだねえ」
「本当に呑気だよね、食われるかもしれないって話なのに」
「……そうでした……」

 まだ出会って四日目の私たち、だけど。なんだか相性が良いような、長い付き合いになりそうな、そんな気がしなくもないのですが、無一郎くんはいかがでしょうか。今聞いたって正直に言ってくれはしないだろうし、仮に照れ隠しでも「そんなことないでしょ」なんて言われてしまったら普通に傷付くので、もうしばらくしてから訊いてみることにしようかな。




霞まぬ春と夢うつつ






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