カフェラテ

 
俺と彼女の出会いは、大学の近くのコーヒーショップだった。
スマホを見ながら注文待ちの列に並んでいた俺は、突然聞こえた戸惑いの音に顔を上げた。すると、俺のひとつ前に並んでいた女の子が財布を忘れたようで、ワタワタと慌てている。
女の子が困っている!助けろ!と、俺の細胞が叫んだ。彼女の後ろから顔を出して、店員さんに「お会計、一緒にお願いします」と声をかけると、「えっ」と鈴を鳴らしたような澄んだ声が、横から聞こえた。
注文と会計を済ませてから改めて彼女を見ると、「ありがとうございました!お財布忘れちゃって…本当に助かりました」と、きらきら輝く笑顔が俺に向けられていて、思わず少し赤面してしまった。

「この後って、お時間ありますか?」

そう言って、彼女は少し首を傾げた。ゆるくカールした、つやのある髪がふわっと揺れる。
腕時計を確認すると、授業まではまだ時間がある。ホッと息をつきながら、「1時間ぐらいなら」と答えると、彼女の顔が明るくなった。ぱあっ、と効果音がつきそうなほど。

「良かったら、一緒にお茶しませんか?」

断る理由がなくて「ぜひ!」と答えると、「やった!」と言いながら、彼女は小さくガッツポーズをした。いちいち言動が可愛くて、つい頬が緩む。
俺はカフェラテ、彼女はクリームとチョコソースの乗った可愛いドリンクを受け取って、窓際の席に着く。
聞けば、彼女はお隣の大学に通う子で、歳が一緒だった。「我妻くん、大人っぽいから歳上かと思っちゃった」と、口に手を当てて笑う彼女。可愛い。
それから、どんな勉強をしているかとか、受験のときの話とかをしていたら、あっという間に時間が経っていた。二人のドリンクも空だ。

「あ、俺もうそろそろ行かなきゃ」
「そっかあ…」

眉を下げてわかりやすく落ち込んだ彼女は、いそいそとカバンを探って、スマホを取り出す。
その様子を見ていると、彼女はニコッと笑いかけてくれた。

「今日はご馳走してくれてありがとう。本当に楽しかったから、お礼に次は私にご馳走させてほしいの」
「つ、つぎ?」
「うん。連絡先、教えて?」

ちょっと上目遣いでお願いしてくる彼女の申し出を断る理由もやっぱりなくて、連絡先を交換した。
画面に表示される、「春日井 瑠璃」の文字に、頬が緩んだ。






それから何度か2人で会うようになって、俺から告白してオッケーを貰って、もうそろそろ三か月が経つ。

たぶん瑠璃ちゃんは、世間で言う「あざとい女の子」になるんだと思う。
本人には言っていないけど、話すときはずーっと、本当に初対面のときからずっと、ものすごく考えている音がする。どんな言動で俺が喜ぶか、自分が可愛く見えるか、きっと考えているんだろう。
でも、可愛いねと褒めた時と、お願いを聞いた時だけは、その考える音が止んで、代わりに嬉しくて仕方ない音が聞こえてきて、とびっきりの笑顔で喜んでくれる。
もしかしたらそれは、相手が俺じゃなくても同じなのかもしれない。
でも俺は瑠璃ちゃんのそんなところを好きになってしまって、今もこうして瑠璃ちゃんのわがままを聞いている。


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