今日という愛おしい日へ




 風邪ひきますよ、と。ちゃぶ台に突っ伏して眠る喜助さんに、何度そう声をかけてきたかもうわからない。数えきれないほどの時を過ごしてきたその事実をかみしめながら、柔らかいその金髪にそっと触れた。


「喜助さん、風邪ひきますよ」
「ん、んー……」
「お疲れのところ悪いけど、ここで寝るのはだーめ」


 霊王護神大戦が終結してしばらく、喜助さんが眠れないほどに忙しくすることは減った。義務感に突き動かされて辛そうな表情をみせる喜助さんの姿はあまり見なくなったような気がして、まだそれはほんの表面上のことだとはわかっているけれど、私は少しほっとさせられていたりなんかして。けれど飽くなき探究心に突き動かされているせいか、寝る間も惜しんで研究や開発をつづけて、そうして寝落ちてしまうことはまだまだ減りそうになかった。今までもそうだし、きっとこれからも。もはや喜助さんの生まれ持った性質なのだろう。


「……なまえサン?」
「うん。喜助さん、おふとん行きましょ」


 そんな提案にすこし渋る様子を見せるのはもう想定内で、けれど今日は、機嫌を損ねさせないとっておきの切り札があった。部屋の時計がゆっくり鳴って、ふたつの針がぴんと重なったそのとき、喜助さんの手を握る。眠そうな目をそれでもすこし見開いた喜助さんに、やさしく微笑みかけた。


「喜助さん、お誕生日おめでとう」
「……ありゃ……誕生日、っスか」
「やっぱり忘れてた?」
「んー……んん、そうっスねえ」


 手を離すと同時にぐっと伸びをした喜助さんは、ふにゃりと笑って「なまえサンがいなきゃ、何十年も前に忘れてるでしょうね」なんて言ってみせる。そうかもしれない、とすこしだけ笑った。何百年も生きていれば、自分の誕生日なんてものには無頓着になってしまうだろう。それでも、大切なひととなれば話は別だ。喜助さんだって私の誕生日は覚えているし、私だって、そう。何年経ったって、何百年経ったって、喜助さんのお誕生日だけはお祝いしつづけていたいと思うのだ。


「おめでとう。今年も言えてよかった」
「なまえサンが喜んでくれるんなら、誕生日も悪くないっスね」
「喜助さんは喜んでくれないの?」
「……どうしたんスか、かわいいこと言って」


 すっと私の耳元に唇をよせた喜助さんは、「嬉しいよ、ありがとう」なんて低くささやいて。かっ、と顔に体温があつまった。もうずっと一緒にいるのに、ふいうちには未だにどきどきさせられてしまって、つい口元がゆるんでしまう。
 縮まった距離にしあわせを感じながら、「今日はどうしよっか、お出かけする?」とまた手を握る。骨張った手はあたたかくて、握りかえされる力も心地良い。「なんでもいいっスよ」そう穏やかに返された声にも、しあわせが滲んでいる気がした。


「朝が来て、アナタがいて……ボクは、それだけでいい」


 一瞬、重なった手が離れる。けれどすぐに上から握りこまれて、ふたりぶんの小指が絡まった。指のあいだを撫ぜるようにしながら、ゆっくり、一本ずつ、たしかめるみたいに、絡めとられてゆく。すこしかさついた手の感触が、ささくれた指先が、喜助さんというひとを感じさせてくれる。


「……じゃあ、ちゃんとおふとんで寝ようか」
「ありゃ、なまえサンったら大胆っスねえ」
「っ、もう! すぐそういうこと言う」


 くすくす笑う喜助さんと、ふと視線がまじわって。そのまま見つめあって、唇がかさなって。いっとう大切な喜助さんのお誕生日が、何度だって迎えてきたこの日が、今年もとびきりしあわせでありますように。軽々と私を抱きあげた喜助さんの胸元で、そんなことをそっと願っていた。



20211231
浦原喜助さん、お誕生日おめでとうございます!



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