ちらりと横目遣い
※現パロ(駅員さん)
利用者の少ない、田舎のローカル線。
廃線になるかもしれない、なんて言われているその鉄道は、私の大切な通学の足だ。
他にもなくなったら困ると思う人はたくさんいるようで、無人駅を有人にしたり、改札を自動化したり、なんとか発展させて存続を測っているようだった。
私の最寄り駅でも、無人だったのが有人になるという変化が起きた。
「おはよっスー、ありがとうございますー」
自動改札がないこの駅は、駅員に定期券を見せて通る方式になった。
前まで見せる必要なかったのになあなんて思いながら定期券を差し出すと、随分とまあ間延びした挨拶が返ってきた。
「おはよ…ございます」
ちらりと見るだけのつもりが、あまりのイケメンで目が離せなくなった。
ふわふわではちみつ色の髪、白い肌、優しそうな目、そして整った顔立ち。ずきゅん、と射抜かれた気がした。
「どうかしたんスか?そんなにボクのこと見て」
ふわりと笑う彼にまた見惚れていると、カンカンという踏み切りの音が聞こえて、はっとした。
「電車、来ちゃいますよ」
「は、はい、すみませんっ」
ホームに入ってくる電車に慌てて駆け寄る。
電車は空いていて、わりと客が多いこの駅から乗るのもせいぜい10人といったところだ。
エアコンすら付いていない車内で、必死に扇風機の風に当たって、顔の熱を冷まそうとしたが、うまくいかなかった。
あんなにかっこいい駅員さん、見たことないよ。
帰りの電車を降りたときも、その駅員さんは駅にいてくれた。
「お帰んなさい。ありがとうございますー」
朝と同じように間延びした挨拶だったけど、お帰りなさいがやたらと嬉しくて、にやにやしてしまう。
名札を盗み見ると、浦原という文字。
そうかあ、浦原さんっていうのかあ。
下の名前はなんていうのかな。なんて考えてしまう私は、どうやらこの浦原さんに一目惚れしてしまったらしかった。
私はこの日から毎日、浦原さんに会うのを楽しみに、学校に通った。
少し余裕を持って家を出て、駅で浦原さんをこっそり眺めたり、ちょっと髪型を整えて、かわいいって思ってくれるかな、なんて考えてみたり。
友達には好きな男子ができたんだろうと指摘され、教えろと問い詰められたが、なんとかかわしてきていた。
そんな日が続いた、ある朝。
「あっ…定期、忘れた…」
しばらく浦原さんを眺めた後に、電車に乗ろうとカバンを探ると、定期券が見当たらなかった。
せっかくお気に入りのシュシュでおしゃれしてきたのに、落ち込んでしまう。
ローカル線は運賃が高いから、自腹はきつい。
帰ったらお母さんに頼もうと思いながら、切符を買おうと券売機の方に歩こうとすると、後ろから呼び止められた。
「どうしたんスか?」
「あ、えっ、浦原さんっ」
振り返ると、不思議そうな顔で私を上から見つめる浦原さんがいた。
「いつも、定期券使ってなかったっスか?」
「あ、あの、忘れちゃって」
「ああー、そういうことっスか」
そう言うと浦原さんはくるりと私に背を向け、ちょっと待っててください、と駅員室に入っていった。
気づいたのが早かったのが幸いして、まだ電車が来るまでには少し時間があるようだ。
私に向けてかけられた声を受け止めた耳がすごく熱くなっている気がして、手で押さえて冷やそうと試みたが、どうやら手まで熱くなってしまったらしく、効果はなかった。
「遅くなってスミマセン、どうぞ」
戻ってきた浦原さんが差し出したのは、電車の回数券。
二枚あるから、往復の分なのだろう。
「えっ、で、でも」
「いいんスよォ、いつも乗ってくれてるじゃないスか、自腹はつらいでしょ?」
優しく笑って、ね?と首を傾げる浦原さんがかっこよすぎて、回数券を受け取ってしまった。私、弱いなあ。
「あ、ありがとうございます」
「気にしないでください、いつもありがとっス」
ぽん、と頭に手を置かれて、かあっと顔が赤くなる。
恥ずかしくて恥ずかしくて、ぺこりとおじぎをして改札に向かった。
ああ、初めて浦原さんを見た日よりずっと顔が熱い。
初めて、ちゃんと、話せた。嬉しい、恥ずかしい、嬉しい。
しかも声をかけてくれたってことは、私のことを覚えていてくれたんだね。
次は、緊張せずに話せますように。
帰りの回数券は、使わずに大事にとっておこう、そう決意して、そっとお財布にしまった。
20150612
title :largo
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