24時20分




※現パロ



「あ、もうこんな時間か」


スマホを見て目をぱちくりさせたなまえは、俺の方に向き直って「終電もうすぐなの」と言った。
残業で帰りが遅くなったというなまえを誘って、駅からほど近い居酒屋で、だいぶ遅めの時間から飲み始めたが…もう2時間ほど経ってしまったらしい。
俺の中では30分しか経ってねー感覚なのに。


「そうかィ」


当たり障りのない返事をして、グラスに残ったお酒を飲み干した。


「総悟、からあげいる?」
「いや、食べなせェ」
「だしまきは?」
「なまえにやる」
「じゃあお漬物」
「それもやる」


いわゆる『遠慮のかたまり』をすべてなまえにあげようとすると、なまえはムッとした顔になった。


「なんでィ」
「総悟も食べてよー、太っちゃう」
「じゃあからあげ貰いやしょうかね」
「あっ…からあげは食べたい…」


すでに箸で掴んでしまっていたからあげをどうするか一瞬だけ考えてから、なまえの目の前にそのまま持っていった。


「…え?」
「口開けなせェ」
「あ、いや、」
「ほらはやく」


観念したように口を開けた彼女に「いい子」と言ってやると、わかりやすく耳が赤くなった。


「…おいしい」
「そりゃあ良かった」



***





なまえがお手洗いに立った隙に会計を済ませて、戻ってきた彼女にそれを告げて店を出ると、なまえは「ダメダメそれはダメ!!」と走ってついてきた。


「お礼でさァ」
「な、なんの」
「一緒にメシ食ってくれたことへの」
「そんなん私もお礼したい!」
「いーから黙って奢られてろ」


被せ気味に言ってやると、なまえは黙り込んでから、わかった、ありがとう…と小さな声で言った。
そしてなまえはスマホを取り出すと時間を確かめ、「あ、やば」と呟いた。


「駅まで送る」
「ん?総悟は?」
「ここが最寄り」
「あ、そっか。行きつけだもんね」


この居酒屋から、西に3分歩いたら駅、東に3分歩いたら俺の家だ。
なまえが俺のよく行く居酒屋に行きたがったからここになったが、よく考えると、最寄り駅で飲むなんて下心まるみえなんじゃねーか、と今更心配になった。
そんな俺の心配をよそに、美味しかったね、楽しかったね、と嬉しそうに話しながら歩くなまえ。
それに対して俺は無言だった。


「駅近だったおかげで終電間に合ったよー」


あっという間に着いてしまって、近すぎた、と俺は小さくため息をついた。


「じゃあここで、」


改札の前で、なまえが振り返る。


「またね」
「また」


小さく手を振って、ピッ、とカードを当てると、改札が大きな音を立てて開いた。
いつも俺が通る改札。こんなに大きな音鳴ってたか、周りが静かだからか、と思っていると、構内アナウンスが響き、ガタンガタン、各駅停車がやってくる。


「気をつけて」
「総悟もね!」


そう言ってなまえは各駅停車に乗り込む。
ぷしゅー、と情け無い音を立てて、扉が閉まった。
ニコニコと手を振るなまえに軽く手を挙げて応えると、あっという間にそれは走り出して、なまえを連れ去った。


「だせェ」


誰もいなくなった駅で、一人ぽつんと呟いてから、駅を出た。

店を出る瞬間、駅まで歩いている時、改札を通ろうとした時、電車に乗り込む寸前。
もう今日はここにいなせェ、と手を握ってやろうと何度も思ったのに、できなかった。
二人で並んで歩いた時に見た、月明かりに照らされた髪や長い睫毛、綺麗な横顔を思い出して、言いようのない感情がわいてきて、大げさにため息をついた。

なまえは幸いにも今日の店が気に入ったみたいだし、また連れてきてやる。
今度は絶対、終電に間に合うように送ったりなんかしねェ。





title:back number「世田谷ラブストーリー」



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