愛を語れる世界で待ってて




※攘夷時代



どうか死なないで。
そんな言葉であなたを繋ぎとめておけるとは私は到底思いもしなかったし、繋ぎとめておこうなんていうつもりもなかった。
ただどこかで生きていてくれたら、と思った。


「…お前らしくねェ」
「百も承知だよ」


鼻を鳴らして私に背を向けた彼の後ろ姿は見事なまでに真っ白で、その姿が血に濡れる様を想像すると、背筋が凍る。
でもわざわざ避難勧告が出る市街から詰所まで走ってきたのは、紛れもなくあなたに会いたかったからだ。
こんな恐怖も乗り越えて、あなたと約束をしたかったからだ。


「わざわざご苦労さん。…早く逃げろ、馬鹿」
「銀時が頷くまでは離れない」
「なまえには関係ねェだろ、俺がどうなろうが」
「あるよ」
「なんで」


間髪入れない銀時の質問に、喉がぐっと詰まった。

まだ松下村塾があった頃、私は普通の寺子屋に通っていて、女がこんなところに来るなだとか、今考えればくだらない理由で繰り返し嫌がらせを受けていた。
夜の神社に連れ出され、当時霊が出るとか噂されていた裏山に引き摺っていかれそうになったとき、闇夜でもよく見える銀髪の少年に、助けられたのだった。
真剣を使って威嚇する彼に、蜘蛛の子を散らすようにいじめっ子たちは逃げ帰った。
人の気配がなくなって、しんと静かになった頃、ありがとう、と呟くと、彼は震える声で一言、帰ろう、と言った。
暗いところが本当は怖いのかと少しだけ笑うと、きっと睨まれて、腕を掴まれて神社を後にした。
その後は、銀時と会う度に遊んだ。
銀時と共に遊んでいた、晋助や小太郎とも、たくさん遊んで、いろんな話をした。
それから嫌がらせは比較的軽くなり、私は普通に寺子屋に通って、街に出て働いた。
松下村塾や銀時たちの身に何があったのか知ったのは、幼い銀時たちと会わなくなって暫くしてから、街でばったり会った時だった。


「…昔馴染、だから」


時間にして10秒ほど目を閉じてから、私はぽつりとそう答えた。
銀時はこちらを見ない。後ろ姿からは何も感じ取れなかった。


「他の奴らには会ったのかよ」
「会ってない」
「んじゃ中にいるから会ってけよ。昔馴染だろ」


そう言って歩き出す銀時の左手を咄嗟に掴むと、彼の左手は一瞬力んでから、元のように緩まった。


「いいよ、銀時だけで」


小さい頃に手を引かれていろいろなところに連れて行ってもらったが、その頃の小さな柔らかい手ではなくて、刀を握って幾度も死線を超えてきたことを表すようなごつごつとした手に、不覚にも私の鼓動はその速度を上げた。


「ンだよ、それ」
「私は銀時に会いに来たんだよ」
「はっ、告白かよ」
「そうだ、って、言ったら?」


銀時はこちらを向こうともしなかったが、左手を振りほどこうともしなかった。
ただ握っているせいで、微かな指の動きとか、手の温度とかが感じられて、いつもよりは気持ちを感じ取れるような気がした。それは、お互い様かもしれないが。
売り言葉に買い言葉ではあるが、気持ちを仄めかすようなことを言ってしまったことを、銀時の手の動きすらが止まってしまったことから、少し後悔した。


「そうだって、言うなよ」


銀時はそう言って、至極優しく私の手をほどいた。
私も、抵抗もせず手を離した。
気持ちを否定されたも同然の言葉なのに、涙は流れる気配も見せなかった。


「なまえ」
「…なに」
「俺ァそう簡単に死なねェよ」
「…そうだといいな」


ひゅう、と風が吹き込んで、彼の白い羽織が大きくはためいた。


「気ィ付けて帰れよ」


その言葉と同時に、石を踏む音が響いた。
あまりに真っ白な彼に距離感を失ったのか、一瞬彼が歩き出したことに私は気づけなかった。
ざく、ざく、彼の足音が響く中で、私は本当に静かに、一筋だけ涙を零した。




20160806
title:3gramme.



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