十六夜に沈む




 日番谷冬獅郎くん。転校生としてやってきたはずの彼は、ある時からぱったり学校に来なくなってしまった。

 ちょっと目つきが鋭くて、ちょっと身長が低い彼。席が近くなって、はじめこそその無愛想さが怖かったけれど。とってもまじめなひとだと知り、それから寡黙なだけではないと知った。

 どうやら黒崎くんの知り合いらしい日番谷くんは、他の転校生や黒崎くんたちとわいわい騒いでいることもあって。席に戻ってきたところで「仲良しなんだね」と声をかけると、「そんなんじゃねーよ」なんて言っていたけれど。
 調理実習や化学実験では、なにかと班が被った。日番谷くんは「こんなんやったことねえ」なんてぼそぼそ言いながらも、お節介を焼いて手伝ってあげると、何でもすらすらと器用にこなしていたっけ。調理実習や実験をしなかった前の高校や、中学については気になるところだけども。

 兎にも角にも、決して関わりが薄かったわけではない日番谷くん。身長のことを話題にしようとしたら睨まれて、その時はちょっぴり怯えてしまったけれど、それを差し引いたってとってもいいひとだったのに。どこに行っちゃったのかな。



 想いというのは案外、天に通じるのかもしれない。塾の帰り、薄暗い道を歩く道すがら、私はそんなことを思った。だって。
 視線のずっと先、薄暗いアスファルトに浮かび上がるように立つ人影。つんつんと逆立つ銀色の髪が、街灯のひかりを吸い込んでいるのが見えた。あんな髪、ほかにいない。日番谷くんしかいない。そう思った時にはもう走り出していて、私のみっともない靴音に振り返ったそのひとは、たしかに透きとおる翠色の瞳をしていた。


「日番谷くん! 日番谷くんだよね!?」
「お前……!」
「あれ、着物……? なんかのコスプレ?」


 やっぱり、そうだ。驚いたように目を見開く彼は、日番谷くんに間違いはなかった。制服より幾分変わった格好をした彼は、私の質問に「そんなとこだ」と口元をゆるめる。


「あ、ていうか……私のこと、覚えてる? クラスにいたんだけど」
「ああ」
「良かった! ね、ねえ、なんで学校来なくなっちゃったの?」
「……本業が忙しくなってな」


 ふいと目を逸らされ、これ以上は訊かない方がいいのかもしれないと「そっか」とだけ返事をした。何か話さなきゃ、そう思うと同時に、どこかで彼を引き留めたい私がいる。
 なぜだろう。いつもの日番谷くんの懐かしさを感じるのに、何か違う、ような。今日このときを逃してしまったら、日番谷くんにはもう会えないような気がする。


「日番谷くん、」
「悪い、俺はもう行く」


 私の願いもむなしく、日番谷くんは私に背中を向けてしまった。

 途端、真上にあった街灯がまばゆく明滅して、消えた。仄暗い路地の上、ぞくりと寒気が背中に走ったのは。あやしい気配に包まれたせいか、突然流れてきた冷気のせいか、そのどちらも、か。


「ねえ、また会える?」


 アスファルトを擦る草履の音が、途切れた。立ち止まった日番谷くんが、顔だけで振り返る。今にも走り出しそうな私と視線をからめてから、小さく笑って目を伏せた。


「お前が死んだら、また会えるかもな」


 甘く響く低音が、溶ける。冗談みたいなせりふを、日番谷くんは至って真面目に言ってみせる。月影がみせるきらめく銀髪と、深くかがやく翡翠の瞳が、まぶたの裏に焼き付いた。

 不思議だ。夢みたいだ。どこかつめたい美しさに見惚れる。靄がかかった思考のなか、彼の名前をまた呼んだ。もういちど会えるのならば、死んでもかまわないのかもしれない。




20201003
「夢女あきの里帰り」企画参加作品



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