クラッシュハート



※学パロ、軽音部設定



バンドとか、音楽とか、そういうことにめっきり興味がなかった私が軽音部のライブに行くことになったのは、友人に誘われた…いや、頼まれたからだった。
友人は、最近できた彼氏が軽音部所属で、今度やる他校との合同ライブに来てほしいと言われたとかで…1人で行くのは恥ずかしいから来て!と言われてしまった私。
そして断りきれず、のこのことついてきてしまった。
駅前にある小さなスタジオで開催されるらしく、友人と待ち合わせて向かうと、受付でタイムテーブルを貰った。

「あ、これ!これが彼氏のバンドなの」

そのタイムテーブルの中で三番目のバンドを指差して、友人が嬉しそうな声をあげた。

「え、じゃあもうちょっと後で来ても良かったんじゃ…」
「まーまーつれないこと言わないでよ!パンケーキご馳走する約束なんだからさ!」

そう、私はまんまとパンケーキにつられてきてしまったのだった。

中に入ると、薄暗いスタジオ内に、かなりたくさんの人がいる。
なんでも、うちの高校も合同でライブする高校も軽音部のレベルがかなり高いとかで、出場者の関係者じゃない人もたくさん来るらしい、と友達が教えてくれた。
ふーん、と言いながらステージの方向に目を向けると、1組目なのであろうバンドが、準備終えて間もなく演奏を始めようとしているのが見えた。
その真ん中に立っている、おそらくボーカルであろう金髪の彼は、とても綺麗だった。
スポットライトに照らされて浮かび上がっているみたいで、なんだか幻想的にすら見えた。

「今からやるのはお隣の高校の軽音部みたいよー」

友人がタイムテーブルを読みながら教えてくれて、あんまり見ない珍しい柄のネクタイをぼーっと見つめた。
すると軽快な音楽が始まって、その金髪の彼は、とっても楽しそうにギターを弾き始めた。
キラキラ弾ける笑顔に釘付けになっていると、すう、と微かな息を吸う音もマイクが拾って、彼の歌が始まった。
なんて綺麗な声。思わず息を呑んだその瞬間、彼の琥珀色の瞳と、一瞬だけ視線がかち合う。電流みたいな衝撃が走った。

その後も何回か目があった気がするけど、私はほとんど呆然としたまま、そのバンドの演奏を聴いていた。固まってしまった私を見て、友人が心配したほどだった。

「なまえ、ほんと大丈夫?そ、その、私はカレの演奏みたいからまだ居るけど、ちょっと出てても良いよ」

2つ目のバンドに交代するその時間で、友人がこっそり話しかけてきた。そしてやっと我にかえる。

「なんか…すごかった」
「え?」
「ちょっと、頭冷やしてくる…つ、つまんなかったわけじゃないからね」
「あ、うん…」

申し訳無さそうな顔をする友人に弁解だけしてから、私はスタジオと外の世界を区切るカーテンを潜った。
ばくばくと落ち着かない心臓を落ち着けようと胸に手を当てながら、自販機の前に立つ。
しばらくそのまま立ち止まっていると、後ろから「すいませーん」と聞こえてきた。

「買わないならちょっと代わってもら、あ…」

声をかけられて振り返ると、そこにはさっきのボーカルの彼がいて、クラッとして危うく目を回すところだった。

「あ、あの、ごめんなさい、先どうぞ!」

ささっと自販機の前から退いて順番を譲ると、彼はじっと私を見てくる。え、なに?確かに挙動不審だったかもしれないけど、凝視するほど?と思っていると「さっき何回か目合ったよね」と、頬をかいて、目を逸らしながら彼が言った。

「…合った、と、思います」

あえて曖昧な感じで答えると、「あーうん、やっぱりねー」と、焦ったような声音で返ってきて、少し気まずい沈黙が流れた。

「あの、俺今からすげー変なこと言うよ」

その沈黙を破ったのはこの金髪の彼で、私は弾かれたように顔を上げてから、彼が少し頬を染めていることに気付いて、また俯いてしまった。

「…また見にきてほしいんだよね、君に」

だから、と言いながら、ポケットからスマホを取り出した。

「連絡先、教えて?」

どきどき、さっきからずっとうるさい心臓が、もっと速度を上げた。なんと答えるべきかと口をぱくぱくさせて言葉を探していると、彼はずいっと距離を詰めてきた。

「スマホ出してもらっていい?」
「あ、は、はい」

慌ててスマホを出して、メッセージアプリを立ち上げると、「はい、QRコード撮って」と差し出される。
そのためにもう一歩私から近付くと、微かな汗と制汗剤の匂いがして、このまま心臓が飛び出してきやしないかと思うぐらいに暴れた。

「これ、なんて読むの?」

何かと思えば、私は下の名前を漢字で登録していたから、それを見ての質問らしい。読み方を伝えると、彼はさっそくそれを見て「なまえちゃん」と繰り返してきて、平静を保つのが難しすぎる。
彼は…我妻善逸、フルネームだろう。読み方は…

「ちなみに俺は、あがつまぜんいつ、ね」
「我妻くん…」

私も彼の真似をして繰り返して、それに対して我妻くんが微笑んだところで、向こうから「善逸ー!!!」と彼を呼ぶ声が聞こえた。

「あ、やば、行かないと」

「なまえちゃん、じゃあね!」と手を振って駆け出していく彼の後ろ姿に、本当に小さい声で「善逸くん」と呟くと、「次からそうやって呼んでー!」と振り返って言われてしまった。
え、嘘、聞こえてた?この距離で?信じられなくて、口を押さえてしゃがみこんだ。
真っ赤になった顔が元に戻らなくなってしまって、なかなかスタジオ内に戻れなくて友人に心配されてしまったのは、また別の話。




20200418




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