春風サンドイッチ


 窓から射し込む昼下がりの陽射しは明るくポカポカと暖かいけれど、窓の外に吹く風はきっとまだ冷たい。ひと口サイズに切られたサンドイッチを口に運ぶ。久しぶりに実入りのいい依頼だったからついムキになって働いて昼ごはんを食べ損ねてしまった。ぼんやりと明るい空を眺めながら次のサンドイッチに手を伸ばす。向かいに座る銀さんも黙ってサンドイッチをもそもそと食べている。ついさっきもの凄い勢いでサンドイッチを口に詰め込めるだけ詰め込んで外へ飛び出して行った神楽ちゃんのいないうちはなんだか静かだ。

「俺さぁ……」

 銀さんが徐に口を開いた。

「なんですか?」

「どんくらい金持ってたら働かずに利息だけで暮らせるか計算したことあんだよ」

 このおっさんが自ら語るときっていうのは、だいたいしょうもない話しかしない。

「はぁ〜……」

 僕は少々呆れ気味に相槌を打つ。

「利息ってモンを初めて知ったときに俺は真剣に考えたワケよ。働かずして生きていくためには金がいくら必要になるかってことを」

「あぁ、アンタらしいですね」

 今度こそ呆れて銀さんをチラリと見てからそう返すと、少しの間があって銀さんはさも残念そう頭を軽く振ってため息を吐いて喋り始めた。

「新八くん、君はこの私を俗物を見るような目で軽蔑しているようだけれども、これは大事なことだよ。考えてもみたまえ。昼飯を食う間を惜しんで働いてもこれだけしか実入りはないのだよ。生きていくためには金は必要だから労働は当然の行為ではあるが、この地上に人間として生まれ、知恵という宝を神より授かった以上、その宝を駆使しより効率的に利益をあげる努力をするべきだろう。違うかね?」

「どういうキャラですか? ソレ」

「やれやれ、わかってないなぁ、新八くんは。君は勉強が足りんよ。勉強が」

「いやもう途中の話はいいんで結論だけ教えてください。結論としてどうしたら働かずに暮らせるんですか?」

「ズバリ! 宝くじを当てるしかねぇな」

「…………」

「…………」

「……あ〜、ハイハイ、貴重なお話ありがとうございました」

 ハァと大きくため息を吐いてから冷めた紅茶を啜る僕の向かいで銀さんはロトやパチンコや競馬について熱く語り続けている。ホントにしょうもない大人だと呆れつつも、この人の近くにいたいと思ったあの日に見た背中を思い出す。言いたいことはいろいろあるけどここをすごく気に入ってるのもホントで、あの日の銀さんの背中に僕が思ったことは間違ってはいないと思う。でも、たまには銀さんの本当の言葉が欲しいと思う。僕は確実なものが欲しいのかもしれない。僕が勝手に思っている銀さんじゃなくてちゃんとした根拠みたいなものが欲しくなるのは、どんなに近くにいてもけっきょく僕らは『家族』ではなくて、気持ちひとつでどうとでもなってしまうかもしれない脆い関係だからかもしれない。

「まぁ、いろいろ言ったって天から金は降っては来ないですよね。次の仕事、探して来なくちゃ」

「つまんねーなぁ、オメーは。もっと夢を見ろよ、夢を」

「宝くじ当ててラクしたいってのは夢っていうより妄想の類なんじゃないんですか」

「可愛くねぇなぁ」

「そりゃ可愛くなんかないですよ」

 銀さんは「ふぅん」と僕を見て眩しそうに見てほんのちょっと笑うとサンドイッチをパクリと食べて「出かけてくっかなぁ」と伸びをしながら立ち上がった。

 本当は銀さんのくだらない言葉のどこかに真実は紛れているのかもしれないけど、僕にはそれを見つけることができていないのかもしれない。いつか全てを拾えるようになるのかなぁと思いつつ皿の上に残された最後のたまごサンドイッチに手を伸ばした。



(万事屋さんのごはんのお題【間食/例えばそんな昔の話/サンドイッチ】 http://shindanmaker.com/230990 で呟いた140字をちょいとばかし加筆してみた。新八と銀さんです。)






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