敗者の背中 *


 勝ち目がないとわかっていて指し続けるのは辛いもので、自分にすっかり馴染んだと思っていた名を失うとなれば尚更に辛い。最後の最後まで指し続けようとするのは、勝負師としての矜持なのか、それとも奇跡を信じているからなのか、追い詰められて行く自分の玉を眺めながら考える。勝ちたくて必死に足掻いてみたが勝ち目がないことに納得が行くと不思議と落ち着いた。『諦め』と呼ぶ感情なのかもしれない。負けたくはないけれど、負けるのであればせめて無様な姿を晒すのではなく最後まで手を抜くことなく最善の手を指して負けたいと思う。将棋なんぞ指してメシを食ってるヤツはみんな負けず嫌いに決まっているが、自分もその一人なんだなと再認識してこっそりと笑った。あんまり長いことそこにいたので、いつの間にかその名が自分のものだと思っていたそれが奢りだったのかと思い返す。いよいよその名を失うのかと奪おうとしている相手の顔をチラリと盗み見て、かつてその人からその名を奪ったのは自分だったことを思い出した。最後まで読み切ってお互いの手が早くなる。玉の前に並ぶ歩兵を整える。終わってしまう戦いを名残惜しく思いながらいつ投げようかと駒から手を放した。



(将棋指しの話)






prev | next


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -