猫の言い分


「銀時、銀時」

 人の名前を勝手に呼んでんじゃねぇよと、自分の名を呼んだ人の好さそうな男をチラリと見た。

「なんだよ? 腹減ってねェのか?」

 美味ェのになァとブツブツ独り言のように呟きながら、男はチラッ、チラッとこちらの様子を窺っている。男の名前。名前はなんて言ったっけなと考えた。『近藤さん』だっけ? いっつも煙草を咥えて機嫌悪そうにしているヤツとちょっと危なっかしい感じのするまだまだ尖ってる若いのがそんなふうに呼んでたのを聞いたっけなと思い出した。で、その近藤は相変わらず俺の名前を呼んでいる。

「銀時、いいのか? 俺が食っちまうぞ〜」

 って、オメー、それ、ネコ缶だろーが。と、言ったところで近藤に通じるはずもない。半眼でチラッと近藤を見ると、餌の乗っかった皿を自分の口元に近づけ食べる真似をしてやがる。コイツ、マジで馬鹿だ。

「いいのか? いいのか? 本っ当に食っちまうぞ。ん? ん?」

 このままほっといたらマジで食ったりすんのかと近藤をジッと眺めていると、近藤は何を勘違いしたか「おっ、食うか? 食う気になったか?」と嬉しそうに笑いながら俺を見る。

「お前が食うってんなら仕方ねェなァ。俺ァ諦めるかなァ」

 諦めるも何もそれはネコ缶だろーがと、ため息を吐いてからそっぽ向くと近藤がガックリとうなだれる気配がした。面倒くせぇなぁと近藤を見ると、心底悲しそうな顔をして皿を床に置いた。

「お前が喜ぶと思って買って来たんだけどなァ…」

 俺としては俺みてぇな可愛くもねぇ野良を拾って何がしてぇんだと呆れているワケだが、近藤はマジで落ち込んでいるみたいに肩を落としてため息を吐いている。たまたま拾った野良猫が餌食ってくれねぇなんてことでいい大人が落ち込むなよ。鬱陶しいヤツはほっといて出てくかと腰を上げた。

「トシに言われたんだよなァ。なんでもかんでも拾ってくんじゃねェって。飼ったりなんかしねェぞって」

 あぁアイツかと眉間にシワを寄せ俺を睨んでたヤツを思い出した。まぁそりゃそうだろう。このお人好しは動物だろうが人だろうがなんでも拾ってそうだもんなと思う。

「いや、俺としちゃあ、お前を拾ったつもりも飼ったりするつもりもねェんだけどさ」

 へぇ〜意外だなと近藤の顔を見上げた。

「困ってるときはお互い様だろ?」

 近藤はそう言ってニカリと笑う。人間同士だったらわかるけど猫相手に『お互い様』はねぇだろと思う。俺が人間の姿になってテメーに恩返しするとでも思ってんのか。そりゃ心配されるだろ。馬鹿だねぇ、オメーは。

「で、食わねーのか。食わねーってんなら仕方ねェけどなァ〜。なんだよ、もうどっか行くつもりなのか? 出てくならそりゃそれで構わねーけど腹減ったりしたときゃいつでも来いよ。メシぐらい食わせてやっからよ」

 近藤はこちらを見ると、その不器用そうなデカい手で俺の頭を撫でた。人が好いのにもほどってもんがあんじゃねぇのか。まったく呆れる。チラッと床に置かれた皿を見た。仕方ねぇから食ってやろうかと思う。近藤の手をすり抜け皿に近づいて、ペロリとひと舐めした。ふよんとシッポが揺れる。ホンットに馬鹿だね、オメーは。俺なんかに上等そうなネコ缶なんか買っちゃってよ。ま、味は悪くはねぇみてぇだけど。

 皿をきれいにしてしまうと長居すんのもなんだしボチボチ出てくかなぁとか考えていると、ヒョイと捕まえられた。ぶらぶらと揺すりながら、えらい嬉しそうな顔で「美味かったか? 美味かったろ?」と俺の顔を覗き込む。なんかムカついたのでその顔面に蹴りを入れてやったがそんなのお構いなしで「おー、モフモフしてんなァ」と頬ずりをかましやがる。キモいからやめれと暴れてみたが、ガッチリと俺を掴んだ手から逃れるのは無理っぽい。

『ナァ』

 ひと声鳴いてみた。

「おっ? どうした? おかわりか?」

 そうじゃねぇよ!と再び顔面に蹴りを入れる。近藤は相変わらずゴキゲンで笑っている。俺が諦めると俺のシッポは勝手にユラユラ揺れた。



(近藤さんと猫の銀時)






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