ユース合宿2

「お兄ちゃんのおてて、つめたいねぇ」

「このお兄ちゃんは心も冷たいからね」

「煩い古森」

飛雄君に「また春高で」と別れを告げて施設を出たら、先に帰ったはずの臣君と元也君がおった。注目すべきはその2人やない。臣君に手を繋がれたウチの可愛いなまえや。

「え、何してんのん」

いや待って。なまえがおること自体びっくりやのに、あの潔癖冷徹な臣くんと手繋いどるんとかどうゆうことなん。関西人としてツッコミをかます大チャンスやったのに、驚きすぎた俺の口から出たのは何の面白みもない言葉やった。

「あ、侑くん」

にっこにこの笑顔で臣君を見上げてたなまえやったけど、俺の声に気づくと俺が驚く要因であったその手をパッと離して駆け寄ってくる。

「侑くんおかえりぃ」

「ただいまぁ。迎えにきてくれたん?」

「うん!なまえ、はよ侑くんに会いたかってん!」

よっこいせと抱き上げるとむぎゅーと抱きついてくるなまえは相変わらず可愛いの極みや。会いたかった〜と頬を擦り寄せて甘えてくるなまえに5日間の疲れが見る見るうちに癒やされていく。

しみじみとなまえを堪能しとると、臣君は一瞬驚いたような顔をしとる。どうせ俺が子どもを可愛がっとるんが信じられへんのやろ。こういう態度を取られることは初めてやない。失礼やなと思うけど、たしかになまえ以外の子どもやったらどうでもええし、遊ぶことはあったとしてもこんな風に可愛がることはない。やけどなまえのかわいさの前にはひれ伏すしかないねん。可愛いは正義。なまえこそ最強やねん。

「その子めっちゃ可愛いな!」

「せやろ〜!従兄妹やねん」

「…似てない」

「確かに!」

「君らにいっちゃん言われたないわ」

___


「お兄ちゃん」

「?」

侑に抱かれたまま、なまえが佐久早に声をかけた。きゅるんとしたまんまるいなまえの瞳が佐久早の黒目がちな瞳を見つめる。

「なまえとおててつないで、いっしょに侑くんまっててくれてありがとぉ」

「別に、俺は待ってないし」

「臣君て感情ないん?」

「その呼び方やめろ」

「こんな可愛ええ子が笑いかけてんのにそんな顔しとったら臣君モテへんで」

ニコニコのなまえに相反して仏頂面の顔のまま話をする姿に侑は信じられないという顔をする。侑がサーブ中に声をかけたファンにドスをきかせて睨みつけるのを知っている佐久早は、お前にだけは言われたくないと人の話を聞かずに話続ける侑に余計に眉間の皺を深くさせた。

「ハイハイ、佐久早も素直にありがとうって言いなー」

「何で俺が」

「お兄ちゃんもおしゃべりしてくれてありがとう!」

「どういたしまして!なまえちゃんとお話できて楽しかったよ」

侑にさらに反論しようとする佐久早の間にサッと間に入って、話題を元に戻しながら雰囲気も明るくし、なまえにもフォローを入れるのは古森にしかできないだろう。

「あー、俺もこんな可愛い従兄妹が良かったなぁ。交換しない?」

「いやぁ、スパイカーの臣君は好きやけど従兄弟としてはお断りやわぁ。可愛げのカケラもないやん」

「何だと」

古森が冗談半分で話すと「ウチのなまえはやらんで」と侑はなまえを抱きしめる腕を強めるのと同時に遠くでなまえと侑を呼ぶ声が聞こえた。どうやら電話中だったなまえの父親が電話を終えて戻ってらしい。

「なまえ、ほれバイバイしぃ」

「バイバイ!お兄ちゃん、たいちょーかんりしっかりね!つぎ会うときはげんきでね」

「うるさい」

佐久早は口ではぶつくさ言いつつ、なまえに小さく手を振るとなまえは嬉しそうに微笑んだ。手を振ったくらいで喜ぶなんて変な奴…と佐久早は思う。でもその表情がいつもより機嫌が良いものだと気づいたのは長年一緒にいる古森だけだった。

「まじで可愛かったな〜!宮が可愛がってたのは意外だったけど」

「なけなしの良心が疼いたんじゃない」

「それ、お前が言うか」

「…早く帰るぞ」

結局、駅に着いた頃は帰宅ラッシュ真っ只中で人の溢れる電車に揺られることになった佐久早のその表情は不機嫌そのものだったが、ふと繋がれた小さな温もりは嫌じゃなかったなと思い出す。

子どもというものは、何を触ったか分からないし煩いし、佐久早にとって近寄りたくないものであるが、なまえは少し違った。少し話をしただけでわかる純粋で素直で汚れてない、そんないい意味で子どもらしい子ども。珍しく佐久早も少し気にいっていた。宮の従兄妹という点は気に入らないのだが。

「聖臣もほんとは可愛なぁって思ってたろ」

「思ってないし!」

「ハイハイ、そういう事にしといてやるよ」

「…」

ぼんやりなまえを思い出していると、ニシシと笑った古森に佐久早の心情を見事に言い当てられ、思わず声を上げて否定する。佐久早はジト目で古森を睨みつけるが古森の顔はニヤニヤとしたままだった。

___


「流石のなまえも臣君をメロメロにできへんかったなぁ」

「お兄ちゃん、はずかしがりやさんなのかなぁ」

「うーん、意地っ張りなんやろな」

帰りの新幹線の中、なまえが佐久早に抱っこをせがんだと聞いて侑は、やっぱうちの従兄妹最強やわと思うのだった。


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