インターハイ1

「あかーし!!」

人混みが行き交う喧騒の最中、誰よりも大きなその声に名前を呼ばれた人物だけでなく、周りにいた人たちも声の出どころの方へチラリと視線を送る。

声の主が全国の5本指に入る木兎だと分かると「うわ木兎だ」「さっきの試合やばかったよな」と口々に先程の試合で大活躍した木兎の話をし始めた。

それを聞いた赤葦を含めた1・2年は、木兎さんはどこでも目立つなぁと誇らしいような恥ずかしいような気持ちになる。同学年の3年たちは木兎が煩いのはいつものことだと気に止めていない様子だった。

絶好調だったからいつもの割り増しテンション高いんだよな…と呼び止められた赤葦はぼんやりと思いながらも立ち止まる。しょぼくれモードにならない限り基本テンション高いのだが、全国大会真っ最中でしかもたった今快勝したばかり。それによりいつもの3割り増しの元気発剌さに少し嫌気がさすも、無視したところでどうにかなる相手ではない。

「…」

赤葦が振り返るとそこにはいつもの木兎がいた。すこぶる元気な木兎光太郎。しかしその見慣れた木兎を見た赤葦の目が点になる。まさに鳩が豆鉄砲を食ったようなその顔で木兎に抱えたられた少女を見た。

「赤葦!めっちゃ可愛いの見つけた!」

「あの木兎さんその子は」

気が動転した中でもよく口が動いたなと赤葦はどこか達観しながらも早口で木兎に尋ねる。にっかりと笑っている木兎の腕の中には可憐な少女が抱かれており、まんまるの瞳がキョトンと木兎と赤葦を交互に見つめていた。

「そこで拾った!」

「今すぐ元の場所に戻してきて下さい」

「えー」

木兎は財布拾った的な軽いノリで話す。財布であれば何も問題ない。近くのスタッフに渡せば済むことであるが木兎が拾ったと話すそれはものではなく人間である。しかも幼稚園か小学校低学年あたりの少女。口調こそ冷静であるが赤葦の顔色は真っ青である。

年端もいかない少女であるが、すでに目鼻立ちが整っていて控えめにいっても美少女。「可愛くね?」と呑気に話す木兎であるが、その容姿ゆえに連れ去られたとされてもおかしくないと赤葦が最悪のケースを考えるまで1秒もかからなかった。

「お前、ふざけんな」

「大会真っ只中に何やってんだ」

「すぐに返してこい馬鹿!」

木兎のことだから勝手に連れてきたに違いないと赤葦だけでなく、木兎の突拍子のない行動に慣れてる3年も流石に慌てだした。

全国大会が決まった高校が飲酒や喧嘩など不祥事で出場取り消しなんて時折ニュースで見ることはあるが、大会中に不祥事を起こすなんて聞いたことがない。

「木兎〜、誘拐は犯罪だよ〜」

まじでこれはやばいと梟谷レギュラー陣が慌てふためく中、マネージャーの白福がのんびりとした口調で核心を突く一言を放つ。

「…迷子を保護したんですよね?そうですよね」

「迷子だったかなぁ…?」

「迷子です。正当防衛ですね」

白福の言う事実を認めたくない赤葦は目を血走らせながら強引に話を進める姿は異様そのものであるが、それを誰も止めようとしないのは赤葦の言う様に迷子を保護したということにしたいと誰しもが思っていたからである。しかし、唯一その心境を分からない少女が口を開いた。

「なまえ、迷子じゃないで!」

「…」

それまで静かにやりとりを見てた少女が「もう小学生やもん」と迷子じゃないことを誇らしげに話す様子は誰が見ても愛らしいのだが、その事実は赤葦を簡単に地獄に突き落とした。

「…自首、自首すれば情状酌量に…!」

「赤葦がまた余計なこと考えてる」

「なぁ、赤葦。ちゃんと抱っこしていいか聞いたぞ?」

「木兎さん、勝手に連れてきたことが問題なんです」

事実を受け入れるしかない赤葦は試合直後よりドッと疲れ果てていた。しかし脳内では木兎の予測をたてることを止めない赤葦に、もう職業病だなと木葉はいつも木兎を押し付けすぎたなと少し反省する。それでも赤葦は木兎の言い分を即座に切り捨てる姿に、赤葦ブレないなぁと小見と猿杙は感心した。

「勝手やないよ!信介くんにむこうであそんでくるって言うてきたよー」

「…あの、信介君というのは大人の方ですか?」

「信介くんはいなりざきのキャプテンやねん」

勝手と言う言葉に反応した少女が木兎の代わりに赤葦に反論する。

そういえば稲荷崎を見かけた時に全国的に有名なあの宮ツインズを眼力だけで押さえ込んでいた人物が信介と呼ばれていたことを赤葦は思い出した。それと同時に少女の着ている服が稲荷崎のユニフォームと酷似していることに気づき、先程から独特な方言などからしてどうやら稲荷崎の知り合いの子どもであるらしい。

「お、稲荷崎なら宮ンズとアランとこか!」

「アランくん知っとるの?なまえも木兎くんのこと知っとるよ」

「おー!こんなちっこい子でも俺のこと知ってるのか!」

「木兎くんもアランくんとおんなじ5本ゆびでしょー?」

とりあえず誘拐ではなかったことに赤葦がホッとしてる中、木兎は楽しそうに少女と話しだした。稲荷崎にも尾白がいるからか同じく5本指の木兎の事を知っているらしい。木兎は少女が自身を知っていることにご満悦な様子である。

「木兎くんはなにゆびなの?」

「?」

「あのね、アランくんがお母さんゆびって侑くんが言うてた」

ここで言う5本指とは全国区のエーススパイカーを指す言い方だが、どうやら少女は単純に指の名前だと思っているようだ。親指人差し指中指などではなく、指を家族に例えてるところが子どもらしく可愛らしい。

「牛若くんにもきいたら、お父さんゆびって白布くんが言うててん」とあの白鳥沢の牛島にも聞いたらしく子どもって怖いもの知らずだなと赤葦は驚いた。よくよく考えれば、知っていたとはいえ初めて会う木兎に抱かれてもケロッとしているし、見ず知らずの高身長に囲まれていても物怖じせずニコニコと話している。

「じゃあ俺はお兄さん指だ!」

「お前絶対赤ちゃん指だろ」

「何で!?佐久早は一個下だから赤ちゃん指は佐久早だ!」

お兄さん指だと胸を張る木兎に木葉がツッコむ。梟谷の末っ子と言えば木兎と言って過言ではない。その為、少女に質問されてから全員が木兎が赤ちゃん指だと思っていたのだ。

「あかちゃんゆびでもね、だいじなんよ!」

「えー、お兄さん指のがかっこいいじゃん!」

「10本のゆびぜんぶでスパイカーをささえてあげるねん」

「おー!ちっこいのに良いことに言うな!!」

「侑くんが言うてた〜」

「ミャーツムか!」

話が5本の指からズレてるなと赤葦は思ったが、木兎は気にも止めてないし気づいているかすらあやしいのであえて口を挟まなかった。「セッターはいっちばんかっこいいねん」と目があった少女が無邪気に笑うのでなんだか自分が褒められた気がして少し嬉しくなった。


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