それは勇者ヒンメルの死から25年後のこと



「戻ってたのか…!」

心機一転。北方の街に行くと友人に話すと「死ににいくのか」「そこまで悩んでたのか」「気づかなくてごめん」とみんなして真っ青な顔をして全力で止められた。北方と言っても魔法隊の駐屯地があり、生活は安全なこと。人生を投げやりになったのではなく、親戚のお店を手伝いに行くこと。そして落ち着いたら手紙を書くから!なんならいつでも遊びに来て!と利点のみを伝えて何とか言いくるめた。そして慣れ親しんだ街を後にする足取りは想像よりも軽やかで。違う街に行くだけなのに、新たな世界へと飛び込むようなそれは期待を膨らませる一歩だった。

船と馬車に揺られてようやく着いた先にいたのは両手を広げてあたたかく迎えてくれる叔父さん。「疲れただろう?」とさっそく住居として使ってる店の2階へと案内してくれた。持って来れないようなとベッドやチェストなど大きめの家具を私のために揃えてくれていたことも、この歳になって急に来たことも深くは聞いてこないことがありがたかった。

もしかしたら私の事情を少しは母から聞いていて知らぬふりをしてくれるのかもしれない。「今日はゆっくり街でも見ておいで」と叔父さんの笑った顔が母に似ていて懐かしくなった。新しく揃えるつもりで荷物もなるべく少なくしてきたはずなのに、配置などインテリアについついこだわってしまいやっと街に出たのはもう日が沈む少し前。叔父さんに声をかけて店を飛び出すと、さすが北方の街。まだ春にも関わらずヒヤリとした風が頬を撫でた。叔父さんの言った通り冬用のコートを着てきて良かった。もう暗くなるからお店の周辺をぐるりと回ってすぐに帰ろうと歩き出した。そして冒頭へと戻る。

「…誰かと間違えていませんか」

うきうきと歩き出してすぐ背後から腕を掴まれたのだ。おかしいな、街の治安は悪くないと聞いていたのに。振り返ると北方の街らしい暖かそうなコートを羽織った男が驚いたような顔をしている。驚きたいのはこちらだ。記憶を辿ってみたが見覚えが全くない。そもそもこの街へは初めて来たのだ。知り合いは叔父さんだけ。歳は同じくらいに見えるから新手のナンパか何かだろうか。だいたいナンパをするような人にろくな人はいない。経験談を思い出して苛立ちを覚えるが、ここへ来て早々に問題を起こす訳にもいかない。まして店は目の前だ。ナンパだと決めつけて断って逆恨みされても困る。あくまで当たり障りなく人違いということに結論づけることにした。

「そう、だな。悪い、人違いだ」

「腕、離してください」

眉を顰めた顔がどこか悲しげに見えた。本当に別れた恋人とでも間違えたのだろうか。だが、悪いと言いつつ掴まれたまま自分でも驚くほど冷たい声が出た。ほとんど知らない街でいきなり腕を掴まれて警戒しない訳がない。人違いでもナンパでもなく、凶悪な事件に巻き込まれるなんてことがあるかもしれない。

「怖がらせたな。悪かった」

「いえ、」

ようやく掴まれてた腕が離される。思わずすぐに腕を引いて、男から距離を取ると私を見下ろす水色の瞳が揺れた。それは彼の苦しみの深さを覗いたような心地で罪悪感を感じてしまうほど。逃げるように叔父さんの店へと戻る。

「あれ?少し街を見るんじゃなかったのか」

「やっぱり少し疲れてるみたい。街に出るのはまた今度にします」

「そうか、もう今日は暗くなるしな。お腹も空いたろう。来週からはしっかり働いてもらうから、今日はたらふく食べな」

そう言って優しく笑うとカウンターへと案内される。たしかに荷解きに夢中でお昼もろくに食べていない。思い出すと急にお腹が空いてきた。先程の変な男のことは叔父さんを心配させるだけだし、別に何かされたわけでも無い。とっとと忘れることにしよう。

「テーブル空いてるかい?」

「おお、いらっしゃい!奥が1席空いてるよ」

「じゃあいつもの3つで」

「はいよ!」

叔父さんの作る料理を食べ終わった頃には店は大賑わいになっていた。確かにどの料理も本当に美味しかったし、叔父さんの人柄もあるのだろう。料理などは作れないが、テーブルの後片付けや皿洗いくらいの手伝いならできるだろう。慌てて食べていた食器を片付けて「手伝います!」と立ち上がって叔父さんに声をかけた時、店のドアが開く音が聞こえた。

「今日も賑わってんな。カウンターいけるか?」

「いらっしゃい!ちょうど空いたとこだ。ちょっと待ってくれ。ああ、そうなまえ、この人は若いけど魔法隊の隊長してるヴィアベルだ。うちのお得意様だからな」

叔父さんに紹介されたのは本当に料理を食べている間に忘れかけていた店の前であったあの男だった。固まったままの私を気にすることなく、カウンターの隣の席へと腰をかける。ナンパ野郎か凶悪犯と思った相手が店の常連だったなんて。しかも警戒していたとはいえ、魔法隊の隊長という地位の高い人相手にだいぶ失礼な態度をとった気がする。

「嬢ちゃん、これからよろしくな」

男はテーブルに頬杖をつくと、引き攣る私の顔を見てそれはそれは悪そうな顔して笑った。


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