たぶんヴィアベルは私のことが好きだと思う。彼の優しさを勘違いしてるほど自惚れてる訳じゃない。たぶんというかほぼ確実に彼にとって私が特別だと自信がある。
「ヴィアベル、また来たんですか…」
私がここで働く前からよく店に来ていたと店主である叔父さんから聞いていた。たしかに常連とは聞いていたが、気づいた時には魔族の討伐に出てる時以外はほぼ毎日のように訪れるヴィアベルに思わず心の声が漏れ出てしまう。
「客になんて口の聞き方しやがる」
「だって毎日のように来るから」
「売り上げに貢献してやってんだ。文句ねぇだろ」
店に入って来るやいなや、失礼な言動を浴びせられたヴィアベルは一瞬不快そうに眉を顰めた。私の可愛げのないため息をつきながらも、いつものようにカウンターの端に腰をかける。
「それなら部下の方と一緒に来てくれた方が助かるんですが」
「…四六時中野郎どもと一緒に飯なんか食ってられるかよ」
叔父さんから昔はよく部下と来ていたと聞いたこともある。北部魔法隊や魔族と戦う他の部隊、そして街の住人からも慕われてるのはこの街に来て長くない私でも知っている。それなのに最近ではもっぱらカウンター席の1番端が彼の定位置だ。
「ヴィアベル」
「どうした?」
「あげます」
夜も深まり店の客ももうほとんどいない。ヴィアベルも例外ではなく、食事を終えて席を立ち上がった。慌てて戸棚に隠してたお菓子の袋を取り出し、店を出ようとするヴィアベルを呼び止める。
「…皆勤賞のプレゼントです」
「なんだそりゃ。初めて聞いたサービスだな」
「今月から始めたんです」
もっと可愛い言い方はなかったのかと自分でも思う。叔父さんは身内贔屓で「うちの自慢の看板娘」なんて言ってくれるが、相手がヴィアベルじゃなくて誰であったとしても私には可愛く愛嬌なんて出来やしないのに。ヴィアベルはまじまじとお菓子を見ると、何か気づいたようにわずかに目を見開いた。
「これ近所のガキ共にも配ってた菓子だろ」
「何で知ってるの」
「そのガキの中にウチの隊のやつの息子もいんだよ」
顔を合わすと生意気を言ってしまうが、店へと通ってくれるヴィアベルに感謝を込めて作ったお菓子。だけどヴィアベル1人にあげるのはなんだか気恥ずかしくなって結局近所の子どもたちの分まで作ってしまった。そんな私の子どもじみた照れ隠しさえ見透かされそうで思わず目を逸らしてしまう。
「お前これ店終わってから作んだろ?」
「そうですけど」
「こんなことしてないでガキは早く寝ろ」
下を向く私の頭に置かれた手。自分でも薄々自覚しているけど、ヴィアベルに子ども扱いされるのは話が違う。「ヴィアベルがとっとと帰ってくれれば、早く店じまいできるんですけどね!」と悪態をつく私を見下ろす目はひどく優しい。その眼差しの意味を知らないほど私が子どもじゃないとヴィアベルはきっと気付いてない。
「でも大事に食うよ。ありがとな」
そのビー玉みたいな綺麗な青い瞳がヴィアベルは私のことが好きだと語ってる。だけど、きっと愛おしくみつめる本当の相手は私じゃない。私に似た名前も知らない誰か。彼は記憶の中の初恋を私に置き換えてるだけなのだ。