北部魔法隊は前線へと駆り出されることも多いが、毎日最前戦で戦い続けてる訳ではない。休養や物資の調達をかねて強靭な防護結界で守られ、他の都市とも交通の弁の良いこの街に駐屯地があり、滞在していることも多い。
叔父さんごめんなさい。きっとこの食堂のお客さんの大多数がその魔法隊の方々なんだろうけど、そのお得意様の魔法隊隊長様を新手のナンパ師か凶悪犯と間違えてゴミを見るような目で見てしまいました。ああ、終わった。私の輝かしい新生活が。
「なんだマスター、娘なんかいたのか」
「いや、この子は姉の子で可愛い姪っ子だよ。今日街へ来たばかりなんだ。来週からウチの看板娘だからよろしく頼むよ」
「へえ」
叔父さんはその経緯を知らないからかニコニコと人当たりの良い笑顔を浮かべた。先程腕を掴まれた時は気づかなかったが、私をチラリと一瞥しながら微笑む顔は魔族から私たちを守る正義の味方というより悪人に近い気がする。
「マスター、追加オーダー頼む!」
「はいよ!」
「叔父さん、私も何かお手伝い」
「今日までゆっくりするのがなまえの仕事!気にせず座ってな」
違うよ叔父さん。むしろ手伝いをさせてもらった方が助かるんだよ。しかし、この人の隣にいたくないからとは本人の前で言えるはずもなく。ゆっくりともう一度カウンター席への腰掛ける。
「…」
「…」
賑わっている店の中なのに私と隣の男のいるこの空間だけが酷く空気が重い。叔父さんが出してくれたデザートを食べるためにフォークが皿に当たる音ですら耳につく。しかも先程の悪人面だ。謝罪しても許されるとは思えない。私の人生いいことなしだ。せっかく心機一転と思った矢先に詰んでしまっている。
「…あの、先程は失礼な態度をとってしまい申し訳ありませんでした」
自意識過剰かもしれないがずっと視線を感じていて、恐ろしくて目の前のケーキにしかフォーカスを当たらなかったが意を決して顔を上げる。一介の隊員ならまだ何とかなったかもしれないが、隊長という役職の人物。謝罪して許されなくとも、不敬だと私に罰を与えられるならまだいい。でもさらに反感を買って叔父さんの店に迷惑はかけれない。
「いや、お前が謝る必要はない」
顔を上げると吊り上がった猫目とパチリと目が合う。自意識過剰ではなかったらしい。しかし目があったのは一瞬で、僅かに眉を顰めると手に持っていた酒に目をやる。どうやら怒ってはいないらしい。よかった。これから暮らしていくうえで北部魔法隊隊長が理不尽な人ではなかったことにほっとする。
「それでも、初対面の人にする態度ではなかったのですいません」
「それは俺もだ。昔の、…知り合いに似てる気がしてな」
口には出さないが勝手に権力を持つ人が傲慢なロクでもない人間で、その上悪人面だから悪い人だと決めつけてしまったことも含めて謝罪を伝える。返ってきたのは、曖昧な言葉に思わず首を傾げた。知り合いと間違えたなら分かるが似てる気がするなんてそんなことあるのだろうか。
「あー、ガキの頃のことで記憶で曖昧なんだ。顔も忘れたと思ってたんだが、驚いて思わず手が出ちまって。悪かったな、怖がらせるつもりはなかったんだ」
「いえ、少しびっくりしただけなので。大丈夫です」
「今日来たばかりなんだろう?ここは良い街だから安心しな」
私の疑問を感じとったのか説明を付け足してくれた。なるほど、子どもの頃の知り合いに見間違えられたらしい。あの一瞬見せた悲しげな表情を思い出すと、私も似てる気がする人物はそれなりに大切な人だったのかもしれない。
「ありがとうございます。えっと、魔法隊長様」
「堅苦しいのは性に合わねぇんだ。別に名前でいい。ヴィアベルだ」
「では、ヴィアベル様」
「様もつけなくていい」
「そうですか。よろしくお願いします、ヴィアベル」
小さく会釈すると右手を差し出される。握手だろうか?恐る恐るその手を握るとヴィアベルは屈託なく笑った。そんな笑い方もできるんだと驚いたせいで名前を名乗るのを忘れてしまっていた。