潮騒のパレード



ポンコツな私だが、中学受験してからは電車通学している。もう高校2年にもなり問題なく通えるようになったけれど、最初の頃は散々だった。乗り換えで反対方向に行ったり、降りる駅を間違えたり、県外まで行った時は遅刻どころかこのまま一生辿り着かないのではと絶望しかけたこともあった。

不慣れな1人での登校に「タカちゃんもうちの学校受験して一緒に通って」なんて泣きついたこともある。そもそも女子校だし、当時のタカちゃんは小学5年生で一緒に入学することは無理な話。それでも優しいタカちゃんは「しょうがねぇなぁ」と最寄駅まで私の手を引いて、朝から半泣きの私を励ますようにいつも笑って見送ってくれた。

「あ、すいません!降ります」

ぶつからないよう通学鞄を抱きしめながらなるべく身を小さくする。人の間を縫ってようやく電車からプラットホームへと降り立った。小走りで改札口へと向かうと、人混みの中でも一際目立つ大きな後ろ姿がすぐに視界に入る。嬉しさからか自然とはやる気持ちのせいでICカードが反応せず自動改札に引っかかってしまった。

「すいません、すいません!!」と大慌てで後ろの人に謝るが、返答がわりに大きな舌打ちが聞こえた。一瞬しか顔は見えていないが、苛立っていることが背中からひしひしと伝わってくる。「早くしろよ」と投げ捨てるような言葉にまた謝罪を返しながら、もう一度今度はなるべく慎重にICカードをタッチした。慌てふためく私の心情とは裏腹に軽快な機械音が鳴ってようやく開いた扉。これ以上邪魔にならないように早く出なきゃ…!と早足で出ると、改札口では待ち構えるように八戒くんと柚ちゃんが立っていた。

「ねぇ、謝ってんじゃん。この子そんな悪いことした?」

「文句あるならオレらが聞くけど?」

ニコリと笑いかけられてホッと息をつくと、手を引かれて2人の後ろへと庇われる。一瞬で私に向けられた穏やかな笑みが消え、冷ややか声色に私までびくつく。八戒くんの大きな背中の隙間からチラッと相手の顔を覗くと、大学生くらいの年上の男性が焦るようなひゅっと息を飲む声がして、そそくさと逃げるように去って行った。

「ったく、1.2秒ロスしたくらいで舌打ちとか心狭すぎでしょ」

「あんなダセェ奴にはなりたくねー」

「相手が女だからって舐めてんのよ。八戒見てビビって逃げるくらいなら最初からすんなっての」

タカちゃん経由で知り合った2人。類は友を呼ぶのか、特に同性の柚ちゃんはいつもこうして守ってくれる。最近では学校でファンクラブも出来たというのも納得しちゃうくらい頼れる優しい女の子。八戒くんも普段は女の子苦手だけれど、私はルナちゃんマナちゃんのような妹枠で認知されてるのか普通に接してくれている。

「柚ちゃん、八戒くんごめんね」

「なまえは謝ることないの!」

「そうそう!なまえちゃんは気にすることないって」

「ありがとう」

「こうなるならなまえちゃんの学校まで迎えに行けば良かったくね?」

「それは流石に悪いよ。今日だって買い物付き合ってもらってるし」

「なまえを危険な目に合わせると三ツ谷が煩いからさぁ」

「なまえちゃんを繁華街に1人にさせたら誘拐されかねないもんね」

「…」

ただでさえ1人は危ないとこうして駅の改札まで迎えに来てもらってる手前反論も出来ない。初見でもトロくさくて弱そうに見えるのか、先程のようなことはよくある。絡まれることだって少なくない。タカちゃんには「知らない人と不良には関わるな」と口酸っぱく言われてるくらいだ。でも2人の言動からもタカちゃん以外にも騙されてノコノコついて行きかねないと思われているらしい。

「何買うか決めてる?」

「ちゃんとリサーチしたの!」

「おー。すごいじゃん!」

なんだか惨めになってしょぼんと肩を落とした私の気を紛らますように柚ちゃんが声をかけてくれた。やっぱり優しいなぁ。タカちゃんのおかげで良い友達もてたなぁと心の中でじーんと感激する。

「あのね、タカちゃん深めのフライパンが欲しいって!だからそれにしようかなって」

柚ちゃんたちに今日こうして買い物に付き合ってもらうのは来月のタカちゃんの誕生日プレゼントを買うため。いつもお世話になりっぱなしだからプレゼントくらいセンスの良い喜んで貰えるものをあげたくて2人に声をかけた。自分なりにもバレないようにタカちゃんの欲しいものを探りを入れたのだけど、ニコニコしてた柚ちゃんの顔がピクリと引きつく。

「原宿で買う意味。とゆーか、それは生活必需品であって誕プレにフライパンはない」

「ごめん。オレも同意」

「え」

あの優しい柚ちゃんに真顔で言われ、八戒くんにはそれはもう哀れそうな視線を向けられる。フライパン絶対喜んでくれると思ったんだけどな…。やっぱりポンコツな私はプレゼントすらろくなものを選べないのかと自分のダメさ加減に呆れ果てた。

「はいはい!落ち込んでる暇ないよ!」

「柚ちゃん…」

「絶対あいつが泣いて喜ぶもんプレゼントしよ」

「うん!柚ちゃん大好き〜!」

先程よりもさらにずーんと落ち込み切った私の気持ちを切り替えるように自信たっぷりに柚ちゃんは笑う。その優しさに感激のあまりうるうると涙腺が涙ぐんで、思わず大好きだと抱きついてしまった。八戒くんが「まーた柚葉のファンが増えた」と揶揄うように笑ったけれど、他校の私もファンクラブに入れるのかあとで聞いてみようと本気で思っていた。

___


「これお会計してくる!」

「まだ店の中見てるから急がなくていいからね」

ああでもないこうでもないと何軒も店を回ってようやく納得のいくプレゼントを見つけた。その時の嬉しそうな表情といったら。今もスキップする勢いでレジへと駆け込む後ろ姿に柚葉も八戒も自ずと笑みが浮かぶ。

「なまえが三ツ谷大好き〜とか言ったらマジで泣いて喜ぶよなアイツ」

「柚葉、タカちゃんのことなんだと思ってんの…。まぁ喜ぶとは思うけど」

「つか、好きな子がこんだけ時間かけてプレゼント選んでくれるだけでも嬉しいでしょ」

「確かに。でも、」

これで三ツ谷のことを1oも男として意識してないんだよなぁ…。と柴姉弟はなまえの鈍感っぷりには流石に同情するしかない。仲は悪くはない、むしろ仲が良すぎる。三ツ谷に対する絶対な信頼は度が超えてると言ってもいいほどなまえにとっての三ツ谷の存在は大きい。だけどそれは家族愛の延長でしかないことは側から見ても明白だった。

「とりあえず付き合っちゃえばいいと柚葉も思わない?」

「ま、相手はなまえだしなー。三ツ谷もそんくらい分かってんだろ」

「そういうもん?俺は早くタカちゃんに幸せになって欲しいよ」

「女子に話しかけられたフリーズする八戒が恋愛を語るとはねー」

「ウッセッ!!」



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