鳴き砂の口笛



「八戒!渋谷までちゃんとなまえを送り届けてよ!」

「はいはい。言われなくてもわかってるよ」

待ち合わせの時に絡まれかけたこともあり帰りを心配する柚葉だったが、友人と予定があるということで原宿で別れることになった。代わりに八戒になまえを託す。八戒は柚葉にはめんどくさそうに返事をするも、お互い大好きな三ツ谷の話に花を咲かせながら帰路に着く。

「なまえちゃんこっち。座ってな」

「わ、八戒くんありがとう」

なまえは1人で電車に乗る時は反対方向に乗らないか、電車に乗った後も乗り過ごさないかと常に緊張でいっぱいいっぱいだが、今は八戒が一緒なので安心して座席に座る。八戒くんは優しいなぁ。さすが柚ちゃんの弟だなぁとニコニコと八戒を見上げて呑気に会話を続けてるが、八戒からすれば三ツ谷の想い人であるなまえを無事に送り届けなければ!と使命感でいっぱいだ。

天然と一言で片付けていいのか疑問になるほど八戒から見てもなまえは抜けている。その抜けっぷりは、よく今まで大きな怪我もなく生きてこられたな…と心配になるほど。だからあの末っ子気質の八戒ですら、なまえを見ていると時折我が子を心配するような気持ちが芽生える。だからこそ異性と意識せずに仲良く出来ているのかもしれないが。

「なまえ」

「!」

「焦んなくていいから、ゆっくりな」

駅に着き改札へと向かうと改札出口付近に見慣れたシルバーの髪が見えた。通行の邪魔にならないように壁にもたれかかってるだけなのにタカちゃんってかっこいいなぁと八戒は惚れ惚れする。八戒と違い背の低いなまえはまだ改札で引っかからないようにとICカードと睨めっこをしていて気づいていない。八戒の熱視線に気づいたの三ツ谷の方で小さく八戒に手をあげると驚かさないようにと優しくなまえの名を呼ぶ。

「タカちゃん!部活もう終わったの?」

「おお。さっき柚葉から連絡来たから来てみたんだけどピッタリだったな」

なまえは嬉しそうに三ツ谷へと駆け寄った。その姿は迎えに来た彼氏と嬉しそうな彼女そのもので。なまえに向ける三ツ谷の顔は誰が見ても愛おしそうに見つめる姿にこれで付き合ってないってどうなってんだ?と八戒は頭を抱える。

「楽しかったか?」

「うん!タカちゃんに絶対喜んでもらえるプレゼント買えた」

なまえの性格だ。本人なりに隠れて欲しいものをリサーチしたつもりだが、三ツ谷にバレてない訳がない。プレゼントの内容に意識がいきすぎて、サプライズで渡すという選択肢は考えもしてないのだろう。なんなら「明日柚ちゃんたちとタカちゃんのプレゼント買いに行くんだ〜」と三ツ谷に報告してるほど。

「それ言っちゃうんだ」

「え、言っちゃダメだった?」

「別にいいよ。当日まで楽しみにしておくな」

てっきりサプライズだと思っていた八戒は少し驚いて声を出す。流石に無いと思うが、なまえのことだ。このまま紙袋からプレゼントを出しかねない気すらしてくる。そんな八戒の心配が伝わったのか三ツ谷は薄く笑うと慣れたようになまえの頭を撫でた。

「あのさ、」

「ん?」

「ずっと思ってたんだけど…!」

「どうしたの八戒くん」

駅を出て3人で家に向かう途中、決心したように八戒が声をかけた。少し前を歩く三ツ谷となまえは不思議そうに振り向く。

「タカちゃんとなまえちゃん付き合ったらいいのに」

三ツ谷の長年の片想いを知ってるはずの八戒が素知らぬ顔でそう言えばなまえはキョトンと目を丸くさせた。八戒はいつも世話になってる三ツ谷の役にたちたくて、どうにかアシストを決めようと言ってみたのだ。

正直賭けに近い発言だったものの、すぐに否定されることなく、驚いたように目をパチクリさせてるなまえ。この反応的にこれはイケるのでは!?と三ツ谷の方を向けばハァ…と呆れたように項垂れていた。

「えー、ないない!何言ってんの」

「だ、だってこんなに仲良いじゃん?俺、お似合いだと思うけど!」

「だって私たちマナちゃんくらいのちっちゃい時から一緒にいるんだよ?ほぼ家族みたいなもんだもんね」

ニコニコと三ツ谷を見て笑うなまえ。全くもって悪意はないらしいその純粋な笑顔。先程の三ツ谷の呆れたような反応はなまえが家族という答えが分かりきっていたらしい。しかし、八戒はここで引き下がる訳にはいかない。

「でも!幼馴染の恋愛とか憧れるなー」

「そうなの?」

「そうだよ!」

「んー、確かにそういうドラマとか漫画とか多いもんね」

「いやフィクションの話じゃなくてさ」

「あ、もしかして八戒くん好きな子幼馴染なの?」

2人が付き合って、柚葉に言ったように「大好き」と言えばタカちゃん泣いて喜ぶんじゃないか。八戒はそんな淡い期待を抱いてこんな話をしてるのに、全く会話が噛み合ってない。なんて説明したらいいのか八戒が頭を悩ましてると、なまえは閃いた!と言う顔をしてるが見当違いのことを言う始末。

「俺の話でもなくて」

「?」

「だから…!」

「八戒。なまえにその手の話は無理だから諦めな」

八戒の口から三ツ谷がなまえのことを好きだと言う訳にもいかず、なんて説明したらいいのか八戒が頭を悩ましてると三ツ谷が口を挟んだ。

「私だって恋バナしてみたいのに!」

「はいはい。またそのうちな」

「タカちゃん私には絶対出来ないと思ってるでしょ…」

真意を理解できていないなまえが不貞腐れたように話す。これっぽっちも意識されてないことは長年片想いしている三ツ谷が1番分かっていた。やはり柚葉の言う通りまだ恋愛を語るには早すぎたらしい。余計なことを言ってしまったと反省する八戒に気づくと「ありがとな」と気にしてないというように笑う姿は優しい兄そのもので。

「んー?思ってねぇよ。どちらかといえば八戒のが心配だわ」

「え、俺!?」

さすがになまえちゃんよりは…と八戒は思うが、三ツ谷からすると女子の前ではフリーズする八戒の方が心配なようだった。



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