お気に召すまま




「あったかい…」

自室も与えられ、こうして毎日温かなお風呂にも入れて何不自由ないどころか快適すぎる召使い生活を送れている。どれもこれも魔王様、ではなくドラケン様のおかげである。与えられた部屋に置かれてあった非力な私では動かせないような物や、恐ろしくて何に使うか聞けないような罠や道具を処分までしてくれた。

また、召使いの身分でありながらもお風呂に入れるのもドラケン様の一声があったからである。夜中に私が水浴びしに行くと知ると有無を言わさず担がれて入ったことのない大きな浴室に連れて行かれた。訳がわからず「こんなところに浴室があるんですね。明日から掃除しますね」と言えば「オマエも使うんだよ、バカ」と半ば怒られるように言われた。

言い方はぶっきらぼうでも気遣いのできる優しい方なんだと思う。いや、単純に魔王様の側に召使いとして側に仕える私があまりにも貧相で可哀想に映るのかもしれない。最近では私の一張羅がさらに汚れて破れてきているのを見て憐れむような視線が居た堪れないでいる。

まぁとにかく、毎日死と隣り合わせだと思っていた召使い生活があまりにも心地良い暮らしに感じる今日このごろ。よくよく考えてみれば、プライドだけは高いあの家の人たちにも召使いのようにされていたので召使い生活は板にあっていたのだ。むしろ毎日耳にタコができるほど言われた嫌味のオンパレードや嫌がらせがなく、今の生活の方が幸せな環境と言ってもいい。

「あの、魔王様」

「ん?」

「お部屋はお隣ですが」

「なまえが来ないから俺が来てやった」

ただ、問題が一つ。お風呂から戻ると私のベッドの上でニコニコと笑っているこの城の主、魔王様。自室が貰えたからもうあんな風に抱き枕にされることはないと思っていたのに。こうして時折私の部屋にやってきては勝手に寝ていたりと自由に過ごされる。ここは魔王の城なので好き勝手して当たり前だが、毎回毎回私の心臓には良くない。

「もうお休みになられますか?」

「んー、まだ眠くねぇんだよな」

「お夜食でも作りましょうか」

しかし、そのおかげかそれとも副作用なのか。心臓に毛が生えてきたようで徐々に魔王様と普通に会話が出来るようになったことに私自身が驚いている。ゴロゴロとつまらなそうに転がっていたのに、食事と聞いて子どもみたいにパァッと表情を明るくさせる姿が可愛らしく見えてくるのも少し前までじゃ考えられない。

「あったかいのが食いてぇ」

「では、おうどんか雑炊か作りますね」

「この間のふわふわの卵の入ったやつ!」

「ふふ、かしこまりました」

サクッと作った簡単な料理でも鼻歌を歌いながらご機嫌に食べる姿は何よりも嬉しくなる。夜食だからいつもより少し味付けを薄めにしたけれどお気に召したようでモグモグと口いっぱいにして食べてる姿は小動物に見える。

「明日の朝食は何がいいですか?」

「ホットケーキ!あ、ケンチン朝から来るからケンチンのも用意しといて」

「では、甘いのと甘くないの両方作りますね」

食べてる魔王様を横目に下拵えを始める。急に1人分増えるが、ドラケン様と食卓を囲むのは少なくないのでもう慣れてしまった。私が知らなかっただけで元々よく訪れていたらしい。むしろ私が来たばかりの1週間近く来なかった方が珍しかったようだ。後から聞いたことだが、その理由は魔王様が不可侵条約を結んだ国で大暴れし、その後始末に奔走して来れなかったらしい。

ちなみにドラケン様以外にも魔王様には仲の良い仲間がいるらしく、どら焼き屋さんの三ツ谷様という方がいると魔王様が教えてくれた。誇らしげに話す魔王様の後ろで堪えきれないようにドラケン様が肩を震わしてたが、理由はよく分からなかった。

「そうだ魔王様。この布いただいてもよろしいですか?」

「あ?何だそれ」

「タンスを片付けてたら出てきまして。これで服を作ろうと思ってるんですが…」

機嫌の良いうちに聞いておこうと今日見つけた布地をいくつか見せる。ドラケン様からあの憐れみの視線から逃れるべく、これで新しい服を作るつもりだ。魔王様のことだからタンスがあったことすら知らないはず。報告せずに作ってもよかったのだけれど、やはり勝手にするのは気が引けて確認を取ることにした。

「ふーん、じゃあこの色」

「?」

「お前はこうゆうあったかい色のが似合う」

「あ、ありがとうございます…」

いつものように興味なさげな返事が返ってくると思っていたのに、まじまじと私の持つ布を見る。とりあえず汚れていない使えそうな物をかき集めてきたのでどんな色があったかまだ私も確認していない。その中から指差したのは淡いピンク色の布地。私には可愛すぎるような気がして絶対選ばないような色。

似合うと言われて胸がソワソワするようなムズムズするような不思議な気分になる。何の他意も意図もなかったかもしれない。だってもう既に魔王様の興味は料理に戻っていてムシャムシャと食べ出しているし。でも、自分には無縁だと思っていた女の子らしいその色を選んでもらえたことが嬉しくてニヤけてしまう口元を隠すように抱えていた布をぎゅうっと握りしめた。

夜食を食べるとお腹が膨れて眠くなったのか、魔王様の目がしょぼしょぼとなる。すぐに寝室に戻り、今日もしっかり天日干しにしたお布団を肩までかけた。

「魔王様おやすみなさいませ」

「…」

おやすみの挨拶をして自室に戻ってさっそく選んでもらった布で洋服作りに取り掛かろうと思っていたのに、魔王様によってガッチリと捕まられた腕がそれを許さない。

「あ、あの」

「オマエ、すぐどっか行こうとするのむかつく」

先程までのウトウトとした眠そうな顔は何処へやら。深い深い黒の瞳が私を射抜く。こうなると私はもうどうしていいか分からない。慣れてきたとはいえ、怖いと感じることがなくなったわけではない。

「…ケンチンとは仲良しのくせに」

「?」

ただでさえ空気が一変し、機嫌が悪そうになった理由も分からないのにドラケン様の名前まで出てきて余計に混乱する。

「俺のことは名前で呼ばないじゃん」

「お名前でお呼びしてもいいのですか…?」

「ん」

「あと俺のこと寝かしつけんのもなまえの仕事って言った」

「で、ですが」

むーっと頬を膨らませて拗ねたような顔に少しホッとする。怒るというよりご機嫌ななめな表情。それはドラケン様が帰ってしまう時のつまらなそうな少し寂しそうなそんな顔。

「…なまえもケンチンみたいにダメって怒んの?」

私の本音は、出来ることなら別々に寝たい。いつも1人うずくまって寝てた私には人と寝るのに慣れていない。そもそも相手は主人であり、魔王である。私の精神安定のためにも、個室で1人ぬくぬくと寝たいのだ。でも、縋るように握りしめる手を振り払うことなんて出来ない。恐る恐る、空いた手でその手をぎゅっと握りしめる。

「いえ。私は魔王様の、マイキー様の物なのでお好きにしてください」

「んふふ。じゃあなまえはここな」

満足そうに微笑むと、私の場所と言うようにすぐ横をポンポンと叩く。ああ、これはまた抱き枕コースだ。せめて距離を取れれば良かったのだが、相変わらずの距離感の近さに文句をつけることは無理そうだった。

「あ?でも俺が我儘みたいじゃん」

「そう、なりますかね」

「おい、否定しろよ」

「ですが、マイキー様は魔王でしょう?」

もぞもぞとベッドにお邪魔すると、ハッと気づいたようにそう言った。わー、自覚があったんだ…と思うがそれは口にはせずに心の内に留める。私の反応がお気に召さなかったのか、ムスくれた顔につい笑ってしまいながら「魔王というのは傍若無人なものですよ」と続けて言えば、キョトンとしてからすぐに破顔した。

「ふは、そっか」

「はい。…私は、」

見たことないような穏やかで優しく笑うマイキー様の顔を見ながら、途中で言葉を詰まらせる。あれ?今、私は何を言おうとしたんだろう。自分の気持ちを伝えようとして、分からなくなってしまった。自分でも戸惑ってるうちにマイキー様の目は閉じられていて追求されることはなかった。



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