毛皮のコートに包まれて




「お姉ちゃん、大丈夫ー?」

「大丈夫ー?」

「はい、なんとか…」

可愛らしい女の子たちが心配そうに小さな手で私の背をさすってくれる。優しい心遣いにありがとう、大丈夫だよと笑って伝えてあげたいが、生憎そんな余裕はない。何とか絞り出すように返事をするので精一杯で、先程からうずくまるような姿勢のまま動くことが出来ないでいる。

「ルナ、マナ。水用意してやれ」

「「はーい!」」

「悪いな、人間乗せるなんて滅多にねぇからさ」

「…いえ、」

入れ替わるように先程の小さな手よりも一回りも二回りも大きな手がぎこちなく私の背を撫でる。それは正直こうなった原因である張本人。恨み言の一言二言言ってやりたいが、申し訳なさそうなドラケン様のその表情に小さく首を振るしか出来ない。いや、そもそもそんな勇気は持ち合わせていないのだけれど。

私がこうしてグロッキー状態で立ち上がれなくなったのには1時間ほど遡る。

___


「なまえー、いるかー?」

「ドラケン様、おはようございます」

「おー、おはよ。今日も精が出るな」

「ようやくひと段落しました…!」

ひょこっと顔を出したドラケン様に雑巾掛けを一旦やめて足早にかけよる。磨きあげられた部屋を見ながら感慨深げに言ってくれてなんだか誇らしげな気分になった。朝からひたすらに雑巾掛けに取り組み、玉座の間の壁も柱も窓もそして玉座である椅子もピカピカになって元の一級品の光を放つ。

「マイキーは?」

「まだ寝ておられると思いますが」

このピカピカの玉座に座る魔王様はこの時間だとまだベッドのシーツに埋もれてるだろう。朝が苦手なマイキー様に合わせて生活をするとろくに仕事が出来ない。だから最近は起こさないようにこっそりと抜け出す術を覚えた。

「んー、どうすっかな」

「?」

「どうせすぐ起きねぇし置いてくか」

「え、えと」

「街に行くぞ」

ニカっと笑うその顔にん?と首を傾げる。街?街なんてここからどれくらいかかるのだろう。この魔王の住む森自体恐ろしく広いはず。魔法でピューンとあっという間に着いてしまうのだろうか。便利だなぁ…なんて思ってたのに。手を引かれて城の外に出ると大きな龍になったドラケン様に驚く暇なく背に乗せられ、気づいたら遠目でも分かるくらい大きな街が地上に広がっていた。

いや最初から人間ではないのは分かっていた。あの魔王様の友人なのだから魔族なんだと薄々感づいてはいたけども。まさかドラゴンだったなんて誰が想像できるか。だってドラゴンなんて伝説級レベル。握りしめていた雑巾はシワクチャでもう使い物にならない。地上に降ろされた時は浮遊感と恐怖とで歩くことすらままならず、今こうしてうずくまっているのである。

「落ち着いたか?」

「はい、すいません。もう大丈夫です」

「これ使えよ」

ようやく立ち上がれるようになると、オシャレな雰囲気のお店に連れてかれた。小さな女の子2人に両手を引かれてソファに案内されると、安心からか冷や汗がダラダラと止まらなくてどうしようもない。仕方がないのでポケットに入れてた雑巾を裏返して拭こうとしたら、見かねた銀髪の青年がハンカチを差し出してくれる。受け取らないわけにもいかず、お礼を言いながらそれでそっと顔の汗を拭き取る。今度洗って返そう。

「なまえ、こいつが前言ってた仲間の三ツ谷」

「あ、どら焼き屋さんの」

「え、俺どういう認識?」

マイキー様より教えてもらったことを思い出して言うと、困ったような三ツ谷様が首を傾げる。その横でドラケン様がゲラゲラと笑い転げていた。

「世界一美味しいどら焼き屋さんだと、魔王様が…」

「またマイキーが適当に言ったな」

「あー、おもしれぇ。どら焼き屋じゃなくて本業はデザイナーな。しかも王室御用達だぞ」

「王室…?」

その言葉を聞いて凄い方だと感心する前に汗を拭いてた手が止まる。恐る恐るハンカチを見れば店にかがげられたロゴと一緒の文字が刺繍されていた。なめらかな光沢に艶がある素敵なデザインのハンカチ。え、待って。もしやこれ売り物?そして高級シルクなのでは?私、王室御用達のお店の品物で汗を拭いてしまったの…と気づいた時にはもう遅い。洗って返せる訳もないし、そんな高価な物を買えるお金も持ってない。別の冷や汗が噴き出てくる。

「ドラケンが迷惑かけたお詫びにそれはプレゼントな」

「か、家宝にします!」

「ハハ、大袈裟な」

「おいおい、今からその一流デザイナーに服作って貰うんだぞー」

「は、」

「ドラケン、もしかして言ってなかったな?」

「そういや言ってねぇわ」

悪気が無さそうに笑う姿にピシリと音が聞こえそうなくらい私は固まる。そして私が固まっている間に次々と服を纏ったマネキンが目の前に用意された。何の知識のない私ですら、その洋服たちが高級品だと触らなくても分かるくらいの代物。目に映るだけでチカチカする。

「いくつかデザインして仮縫いまでやったけど、どお?」

「おー、いいじゃん。なまえどれにするよ」

「こんな、素敵な服で雑巾掛けやモップ掃除なんて出来ません…!」

「なまえー、オマエも一応魔王の召使いなんだからそれなりに身なり整えるべきだろ?」

「支払いはマイキーに請求すっから気にしなくていいぞー?」

「ですが、私は本当に着れれば何でも」

「ボロでもか?」

「はい、ボロでも服であれば満足です」

「ふーん」

恐れ多すぎて断ろうと必死に頭を下げる。こんな素敵な洋服を着たら汚すの考えたら身動き一つとれやしない。私には魔王様にいただいた布切れで作る自前の服で充分なのだ。ようやく仕方なそうな返事が返ってきて、よかった!分かってもらえた…!やっぱりマイキー様と違って話せば何とかなるんだと安心しかけたところでニヤリとそれはそれは悪い顔した2人が立っていた。

「でも、残念」

「俺ら魔王の仲間だから、人間の言うことなんか聞かねー」

「はい、つーことで大人しく採寸すんぞー」

ああ、そういえばそうだった。面倒見のいいドラケン様も、人の良さそうな三ツ谷様も所詮あの魔王のお仲間。たかだか小娘1人が反論できるわけがなかったのだ。

「なまえが何でもいいなら、宝石つけたりとかどーよ」

「ルナはこの短いのが可愛くてすきー」

「マナはこのフリフリのリボンのがすきー」

「さて、なまえ。自分で選ばなきゃ、こいつらのリクエスト通りになるけど?」

「いえ!自分で選びます!」

このままではとんでもない服を着させられると半泣きになった私がようやく服へと手を伸ばした頃、魔王の城ではその主人が目を覚ましていた。

「…ん、なまえ……?」



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