夜明けの光
さて、どうしたものか。すぴすぴと気持ちよさそうに眠る魔王様の顔を見つめながら、私は目覚めてからもう30分も身動きが取れないでいる。
昨夜、魔王様と寝るのなんて恐れ多くて寝られるわけがないと思っていたのに。雲の上のような極上のベッドはいとも簡単に私を心地いい眠りへといざなった。そして、起きてからこうして事の重大さを改めて感じているのだ。
そろそろ朝食の準備をしたいところだが、一向に起きる気配のない魔王様を起こすことも、もう一眠りする勇気も持ち合わせていない。手持ち無沙汰からか純金を溶かしたような美しい金髪があまりにも綺麗で、思わず手を伸ばしそうになった。触れたらきっとふわふわなんだろうなぁ…とぼんやり思う反面、でもそんなことをすれば命の保証はないなとも思う。
「! おは」
ジィッと見つめていたのに気づいたのか、魔王様のうっすらと目が開く。もう遅い気もするが、慌てて手を引っ込める。取ってつけたように挨拶をしようと口を開けると、途中で口を塞がれてもごもごと言葉にならなかった。
「…まだ寝る、から挨拶はまだいい」
眠そうに目を細めてボソボソと不機嫌そうに言う。まだ手を当てられて返事が出来ない私が小さく頷くとようやくその手を引っ込めた。
「あの、お食事は…?」
「…オムライス」
「では、準備を」
一度起きてしまったからか、寝る位置を探してもぞもぞと動く魔王様に確認をとってベッドから出ようと上半身を起こす。よいしょ、と地面に足をつけようとするが何故かそれは叶わなかった。
「え、?」
「これでよし!」
「いや、あの」
「おやすみ」
腕を後ろに引っ張られ、気づいた時には魔王様の腕の中にいると気づくまで数秒かかった。首筋にぐりぐりと頭を押し付けられると想像通りの柔らかな髪の毛がくすぐったい。いや触ってみたいなと思っていたがこういうことではない。何がよしなのかも分からずにあわあわとする私の気持ちも知らず、満足そうに笑う。
「スー…スー…」
「え、このまま…?」
すぐにまた心地良さそうな寝息が聞こえてきた。抱き枕のように抱きしめられて先程以上に身じろぎひとつ取れなくて身体が強張る。昨日、ドラケン様に「お前は人の気持ちちょっとは考えろや。毎回毎回、好き勝って暴れやがって。その後始末を誰がやってると思ってんだ…!」と散々お説教されていたが何も響いてなかったらしい。
今もこうして1人すやすや寝入ってしまった魔王様にドラケン様のように反論することは出来ず、これは仕事。召使いのお仕事。と唱えながら魔王様が「ん〜…」とぎゅうっと抱きしめる力が強まったり、足を絡ませてくる度に「やっぱり無理…!」と近すぎる距離に心臓が早鐘のように鳴る。これは異性としての意識なのか、生命の危機を感じてるのか分からない。
「マイキーいるかー?」
「ド、ドラケン様…!」
「…おい、マイキー。召使いは抱き枕じゃねぇぞ」
ガタンと寝室の大きな扉が開くとそこにはドラケン様の姿があった。昨日会ったばかりの方ではあるが、身じろぎできない私は必死に助けて下さいと縋るように見つめると、ハァと呆れたようにため息を吐いた。
「離してやれや」
「あと5分…」
「テメェは寝てていいから離せっつってんだよ」
「やだ」
魔王様の首根っこを掴んで、私から引き剥がそうと引っ張るもひっつき虫のように余計に抱きしめる腕の力が強まる。私、締め殺されたりしないよねと不意に心配になった。
「なまえ〜、ケンチンがいじめる〜」
「え、あの」
「おいコラ」
完全に起きてるのにむぎゅっと抱きつく。なんとなく、これはもうオモチャにされてるのだと分かった。ピキッとドラケン様の眉間に皺が入った顔が恐ろしくて睨まれてない私が縮こまる。
そんなビビる私と違って怒られ慣れてるのか「せっかくなまえと仲良く寝てたのに。なー?」と気にも止めずに同意を求められた。魔王様の仲良くの基準を聞きたいところだが、この状況下では否定も肯定も出来なかった。
「ったく、三ツ谷からどら焼き貰ったけどいらねぇんだな」
「わーーー!!」
ドラケン様が紙袋を取り出すと今まで意地になってくっついてたのが嘘のように魔王様はあっという間に離れていった。ようやく肩の荷が降りたようにホッと息をつく。
「オマエも1人でアレをどうにかできるようなれよ。毎回助けてやんねーぞ」
「わ、私には耐え忍ぶしか道は…」
「ハハハ、耐え忍ぶって。オマエ意外と言うなぁ」
「すいませ、」
「いや、いーよ。あの自己中と一緒に住むとか気持ちはわからんでもねぇから」
チラリと口いっぱいにどら焼きを頬張る魔王様を見ながら行った後、つい調子に乗って言い過ぎたと慌てるが、ドラケン様はケラケラと楽しそうに笑い飛ばしてくれて気持ちが和らぐ。
「ケンチンもうないのー?」
「は?お前もう全部食ったのかよ。俺の分も入ってたんだぞ」
「美味かった!」
昨日かけてくれた言葉といい、なんだかんだ言いつつ魔王様の世話をみてる姿を見ると優しい方なんだと思う。だから最初会った時あんな怖い顔してたに違いない。
「つか、俺は部屋を上げろって言ったんだよ。何で一緒に寝てんだよ」
「えー、別にいいじゃん」
「よくねぇ」
「ふーん。じゃあなまえ好きな部屋使っていーぞー」
「あ、ありがとうございます…」
そうお礼を言いつつ、前に時間が空いて城の中を探検がてらチョロチョロしてると「その部屋入ったら死ぬよ」とニコッと笑いかけられた事を思い出す。罠が仕掛けられ部屋がいくつもあるらしく、それ以降は厨房と玉座の間と魔王様の寝室のみしか入っていないのでどこを使ってもいいと言われても困ってしまう。
「…なまえ来い。俺が案内してやる」
「ドラケン様!ありがとうございます!」
不安な気持ちを察してくれたのはドラケン様だった。「掃除は自分でしろよ」とぶっきらぼうに言いながらもやっぱりいい人だなぁと嬉しくなってつい微笑んでしまう。魔王様の友人にいい人は少しおかしいかもしれないけれど。
「マイキー、隣の部屋使うぞー」
「…おー」
隣の部屋か…と少し残念に思ったことは内緒にしておこう。なんだか不機嫌そうな顔色の魔王様にお腹空いたのかな?なんて思いながら、その大きな背中を慌てて追いかけた。