魔法の鏡に映るのは




「なまえ、こっち!これ食いたい!!」

ウキウキした声色を発し、さらにはぴょんぴょんと跳ねるような足取り。そんないかにもご機嫌なマイキー様に腕を引かれて人混みをかき分け進んで行く。匂いに釣られて屋台へ着くと、一際目を輝かせとびっきりの無邪気な笑顔を浮かべている姿はどう見ても小さな子どものよう。

本当だったら今頃は城へと戻ってバタバタと料理をする筈だったのに…。すっかりいつもの調子に戻ったマイキー様に「腹減ってるなら今ちょうど祭りで屋台が出てるから行ってくれば?」と三ツ谷様が言った一言で私の手を引っ掴んだ。

「なまえ!祭りに行くぞ!」

「!?」

「はぁ?お前一人で行ってこいよ」

「たまには休ませてやれって」

「なまえも行きたいよな」

「いや、えと」

「な?」

「い、行きたい、です…」

「おいおい、あんま圧かけんなよ」

と強制連行されることになった。多分、私の負担を考えてマイキー様に外でパパッと食べてきてもらおうと言って下さったのだろう。それがまさかの裏目に出てしまい、悪かったと物凄く申し訳なさそうに眉を下げた三ツ谷様に見送られて今に至る。

「これ二つ!」

「はいよー。熱いから気をつけてな」

「ん」

「あ、ありがとうございます」

ジューシーに焼き上がった肉の串焼きを差し出される。それをマイキー様から一つ受け取ると、食欲をそそるスパイスの香りがさらに漂った。私だってお祭りを見るのも、来るのも初めて。ワクワクしない訳じゃない。お金はドラケン様から預かってるものを私が出しているとはいえ、こうして当たり前のように私の分を買ってくれるのだって嬉しい。少し冷ましてから一口かじるとじゅわりと肉汁が口に広がって、あまりの美味しさに幸福感でいっぱいになった。だが、しかし。呑気に楽しんでる余裕は私にはない。

祭りに向かう前、急ぎながらもなるべく丁寧に仮縫い中のメイド服から着替えているとカーテン越しに声をかけられた。「いいか、なまえ。マイキーから離れんなよ。迷子になるからな、あいつが」と懇々とお出かけ時の取り扱いを受けたのだ。お店を出る時にも「くれぐれも目を離すなよ」そう言ったドラケン様の目は懇願するような真っ直ぐなもので、思わず息を呑んで頷いた。

「そんな必死に掴んでなくても」

「ですが、はぐれたら…」

「ビビリだなぁ」

だけど私ごときが魔王相手に行動を制限する術は持ち合わせていない。先程まで私を引っ張ってた手が離されると、目に映る興味のあるものに飛んでいってしまいそうで。せめてもの抵抗としてマイキー様の服の裾をギュッと握りしめた。あまりにも必死に掴んでいたのか、ケタケタと笑われたけれど振り払われることはなかった。

「ここのお祭りよく来られるんですか?」

「うん。人間の街だけど知り合いの国だからなー」

「今度会わせてやるよ。タケミっち面白いやつだから」

聞き覚えのある名前に、えっとそれ国王の名前では?そう尋ねる前に匂いにつられて進むマイキー様について行くので精一杯。国外れの小さな村育ちでロクな教育は受けてないけれど自分の住む国の王様の名前くらい誰だって知っている。違う種族にも寛大な方だと噂で聞いたこともある。王様の件はとりあえず聞かなかったことにしよう。どんどん進んでいく背中を追いかけながら、先程からすれ違うのは人間だけではなく、ちらほらと特徴的な姿を見かけた。

「なんか食いたいもんあった?」

「いえ、いろんな方がいるのを初めて見たので。みなさんドラケン様みたいに人の姿になったりしてるのでしょうか」

「いや人間の姿になるのは高位の魔族しかできねぇから。ここにいるのは魔族じゃなくて人間に近い姿の種族な」

「へぇ」

もぐもぐと買ったばかりのりんご飴を齧りながら説明してくれるマイキー様に相槌をうつ。人以外にも辺りを見渡せば食べ物以外にもいろんな出店が出ていた。ふと、宝石の店が目に入る。こんなにも煌びやかな宝石が並んでいてつい目を奪われた。光に当たってピカピカとそれぞれの色が輝く。

「欲しいなら買ってやろうか」

「いえ、キレイだなと思っただけなので」

「どれにすんの」

「…」

そんなにジッと見ていたつもりはなかったのに。私の視線に気づいたのか、マイキー様がフラフラと宝石に近寄った。慌てて断るが、こちらも見ずに有無を言わさない態度。ああ、これは断れないやつだ。キラキラした宝石は眩しくて見るだけで十分とは言えず並べられたものを見渡す。大きくカットされたものが多く、それが際立つような指輪やブローチが並ぶ中、比較的小さな宝石のついたネックレスが目に入った。

「じゃあ、あの、これにします」

「そんなちっこいのじゃなくてあのデカイ赤いのは?」

「いえ、これがいいです…!」

「えー、デカイ方がよくね?その方が無くさねぇしさ」

指差した先には妖艶な深紅の輝きを誇るルビー。しかも脇には沢山の他の宝石がついているのもの。キラキラと言うよりギラギラと表現した方が正しいかもしれない。太客が来たと言わんばかりに店主のおじさんの目が宝石のようにキラッと光ったのを見るに、多分この店1番の高額商品だろう。

しかし、もう既に三ツ谷様によって散々高級品を買わされることになってる手前もう勘弁してほしいと言うのが本音。今着ているこのシンプルなワンピースでさえ荷が重いのに、これ以上高級品を身につけたら身動き取れなくなりそう。切実に願うも、それは伝わらなかったのかキョトンとした顔を浮かべられた。これはお金に無頓着なのか、お金に困ることがないのかどちらなのか。いや、どちらもなのか。

「…覚えてないかもしれないですが、前に似合うと言って下さった色なので。だから、これがいいん、です」

「ふーん。…オッチャン!これちょうだい」

「ピンクダイヤモンドか!お目が高いね。希少だから小さくても価値があるからね。お嬢さん、優しい旦那さんで良かったね」

「! いや、えと。…ありがとう、ございます…」

「なまえ、つけるからあっち向いてて」

「はい」

にっこり笑う店主にこの人は魔王様で私はその召使いですとは言えず、視線を彷徨わせながら曖昧に笑い返す。首元につけられたピンクダイヤモンド。淡い柔らかい色なのにはっきりと感じられるピンク色が日差しを受けて花のように輝いた。宝石どころかアクセサリーなんてものにに無縁の生活を送ってきたから、はじめてのネックレスが嬉しくてついその手を離してしまう。命綱と言ってもいいような服の裾をつかんでいた大事な繋がり。ハッと顔を上げた時にはマイキー様の姿が見えなくなっていた。

どうしよう。キョロキョロと辺りを見渡してもマイキー様の姿は見えない。私の馬鹿。嬉しくて舞い上がりすぎた。三ツ谷様のお店に戻るべき?とりあえず近くの食べ物屋さんを見るべき?どうしようどうしよう。「マイキー1人にして暴れさせたらこの街なんて軽く吹き飛ぶからな」ドラケン様が困り果てたようにそう言ったことを思い出して身体中から血の気がひく。

機嫌の悪くなったマイキー様なら本当にやりかねない。なんとしてでも早く見つけなきゃ。がくりと崩れ落ちそうになる膝をなんとか叱咤して身体を支える。ふと視界に入った輝く金色の髪。慌てて両手を伸ばしてその服を掴んだ。

「マ、」

「?」

「す、すいません。人違いでした」

振り返ったその人は見知らぬ人。よほど慌ていたのかよく見れば金髪の色も少し違うし、長さも全然違う。こちらを見る視線が冷たく、よりによって怖そうな人と間違えてしまうなんて。やってしまったと慌てて頭をさげる。

「…この人混みなので仕方ないっスよ。俺も一緒に来てた知人と逸れたところで」

「そう、なんですね。お互い見つかるといいですね」

「ああ、俺は多分すぐ見つかるんで。目立つ人だから。良かったらお姉さんの知り合い探すの手伝いましょうか?」

「いいんですか??」

「困った時はお互いさまでしょ」

先程の怖そうな印象が嘘のよう。人当たりの良さそうな目尻が少し上がった猫目が細く弧を描く。猫の手も借りたいほど焦っていた私には願ってもない提案に食い気味に答えた。失礼なことをしたにも関わらず、なんて良い人なんだろう。一瞬でも怖い人と思って申し訳なくなった。目の前の優しい青年に涙ぐみそうになっていると「どいた!どいた!」と騒ぐ声が近づいてくる。

「わ、」

「ったく危ねえな、大丈夫?」

「ごめんなさい…!大丈夫です、」

「!」

今日はとことんついてない日らしい。騒ぎながら走ってくる人に見事にぶつかられ、前のめりに倒れかける。しかし、目の前の青年が咄嗟に肩を抱いてくれたおかげで地面に崩れることはなかった。顔を覗きこみ心配そうに首を傾げる。この数分でどれほどこの人に貸しを作ってしまっているだろう。申し訳ないやら恥ずかしいやらで恐る恐る顔をあげると、何かに気づいたのか驚いたように目を見開いてこちらを凝視されていた。

「あの、?」

「いや、お姉さんの相手すぐ見つかるっスよ」

「?」

「じゃあ、お役御免ぽいんで俺はこれで」

「いえ、ご迷惑をおかけしました」

すれ違う瞬間「またね」とひそりと囁かれる。先程から言ってる意味が分からず、流石に聞き返そうと振り返った先には青年の姿がどこにも見えなかった。その代わりに見知った相手が走ってくるのが目に入る。

「なまえ〜」

「!!」

「ん?どうした?」

「きゅ、急にいなくならないでくださいッッ!」

「ごめんごめん」

本当にすぐに見つかったことにあの青年の言った通りだと驚くよりも、ホッとしたり怒りだったりいろんな感情が一気に体を駆け巡る。私の気持ちなんてこれっぽっちもわかってなさそうに天真爛漫に笑う姿に少しくらい文句を言ったってバチは当たらないだろう。もう離すもんかと両手で服の裾ををギュッと握りしめる。

「でも名前呼べば飛んでったよ?」

「ほんとですか?」

「あたり前じゃん。俺を誰だと思ってんの」

「…魔王様、です」

「分かってんじゃん」

くしゃりと笑って私の頭を撫でるからもうこれ以上文句を言えなくなってしまう。世界一我儘で傍若無人な魔王様。それすら悪くないと思ってしまう私はもうれっきとした魔王様の召使いなのだと自覚せざるを得なくなってしまった。



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