「ねぇ」

うららかな春の陽気に眠気がなまえを襲っていると急に黒目がちな瞳に顔を覗かれてドキリとした。いきなりじゃなくても、端正な顔立ちの佐久早に至近距離で見つめられてドキドキしない人はいないだろう。斯く言うなまえもその1人である。

佐久早と恋人と呼べる関係になって周りから心配される事は多いがそれなりに上手くやってる方だとなまえは思っていた。

正直、べたべたするのとか干渉しすぎるのが苦手な佐久早とは、友人達から聞くザ・恋人エピソードみたいなこととは無縁な訳だけどずっと見てきたからこそ分かる。愛情表現が苦手なだけなんだと。

「何?眠いの」

今もこうして見ていないようで、全然気にしてないようでよくなまえの事を見ているのが佐久早だ。恋人と一緒にいるのに眠そうにするなまえに不満を抱くこともない。なんならなまえが眠そうな理由も昨夜「祝杯や!!」と大騒ぎしていた宮に夜中まで付き合わされたのだろうと気付いて心配そうになまえの顔を覗き込む。

不器用ながらも佐久早なりの愛情を向けてくれるそういうところが好きだった。

「昨日あんまり寝付けなくて」

「ふーん。…昼寝する?」

「え」

イレギュラーなことを嫌い、ルーティーンを大切にしている佐久早が昼寝を提案したこともだが何よりも「…一緒に」とボソリと呟くように言った最後の一言になまえは思わず素っ頓狂な声を出した。すると佐久早は不服そうに顔を歪める。

「何でそんなに驚くの」

「やって臣くん、昼寝とかしなさそうやもん」

「べつに、昼寝くらいするし」

しれっと佐久早は言うが実際は昼寝などここ何年もした記憶はない。規則正しく、怠惰な生活とは無縁な佐久早にとって昼寝など不要のものである。しかし、今まで一度もしたことがない訳ではない。なまえに嘘をついてはいないので平然とそう言い放った。

バレー、いやバレーのセッティング以外は自分至上主義の侑のいる飲み会に顔を出したなまえが最初から最後まで侑の相手をしたのは明白だった。佐久早なら5分もしないうちに逃亡したくなるそれをニコニコとそつなくこなしてしまう。侑もなまえにはそれはそれは甘いので、佐久早に出会ううんと前からそうして良い関係性を築いているのだが、恋人としては面白くない。

きっとなまえのことだから飲み会に付き合っただけでは疲れてはいないだろう。それでも眠そうにしているのはここ最近色々と忙しい彼女が無理矢理予定を空けてくれたことも、自分に気遣って眠いのを我慢してるのも佐久早は気づいていた。

「昼寝は身体にいいんだよ。学習能力の向上に記憶力の強化…」

「へぇ」

いつだったか、ごろごろごろごろとダラける従兄弟に文句をつけた時に返ってきた言葉を思い出していかにもそれっぽく早口で伝えるとなまえは素直に相槌をうつ。良く言えば素直、悪く言えばチョロいなまえの手を引いてベッドに連れて行った。

「あれ?」

有無も言わせぬ態度の佐久早に観念したなまえが布団をかぶるといつもあるはずの物がない。シンプルな佐久早の部屋にはどう見たって不釣り合いな真っ白のうさぎのぬいぐるみ。

クッションよりも一回り小さなサイズのそれはなまえの自宅にもう一ついるらしく、家にあるのはピンクだと話していた。佐久早はそのいかにも可愛らしいうさぎのことを気に入っていない。部屋のテイストにあってないし趣味じゃないのはもちろんだが、宮にもらったことが気に食わなかった。毎回なまえが抱えて寝るせいで佐久早となまえの間にいつも割り込むことも、もちろん気に食わない。

「臣くん、ぴょん吉どこ行ったか知らない?」

「洗った」

昨夜元也がそれに飲み物をこぼした時は部屋を汚したことに腹が立ったが、内心少し喜んだ部分もある。なまえが名前をつけて大変気に入ってる為、捨てることは出来ないが汚れたことにより合法的にベッドから追い出すことができたのだ。洗濯機で洗われ、その水圧にげっそりと不細工になったそれは今頃ベランダに干されている。

「そっか。でもぴょん吉いなくて寝れるかな」

「…別に俺でよくない?」

「?」

いつも抱きしめて寝るうさぎの代わりに佐久早が立候補する。しかし、その意味が伝わらずなまえは小さく首を傾げた。

「抱き枕代わりくらい俺にも出来るけど」

今日は珍しいことばかり言う佐久早に驚くも、今度は顔や声に出すことなく堪える。昨日の試合終わりに一緒に帰ろうと誘ってくれたのに先に約束してた飲み会の方に参加したからかな?ヤキモチだったりして…となまえは自分に都合の良いように考える。けれど佐久早が嫉妬なんてそんなまさかなとすぐに甘い期待は捨て去った。

「じゃあお願いしようかな」

でも、滅多にない佐久早のデレモードを無視するなんてそんなもったいないこと出来るわけもなく、いつものぬいぐるみの何倍も大きな佐久早をぎゅうっと抱きしめる。

「ふふふ」

「何」

佐久早に擦り寄ると大きいし硬い。ぬいぐるみとは比べるとあまりに違いすぎる抱き心地になまえが笑う。不機嫌そうな顔をするもその白い細っこい腕を振り払うことはない。ぬいぐるみを抱きしめるよりも幸せな気持ちでいっぱいになるなまえは眉間に皺をよせる佐久早を気にすることなく喋りだす。

「ぴょん吉よりもでっかいね」

「…大は小を兼ねる」

「もこもこやないし」

「人間だし」

「それにぴょん吉みたいに可愛くない」

「うるさい、早く寝て」

クスクスと笑いながらぬいぐるみと比べるなまえに自分が言い出したこととはいえ恥ずかしくなってきた佐久早は照れ隠しのようにぐいっと胸に引き寄せた。

口調は一見キツイものの、大きなその手は慈しむようにそっとなまえの頭を撫でる。今日はとことん甘々な佐久早になまえはうとうとしながらも寝るのがもったいなく感じる。

「やっぱりせっかく一緒にいるのにお昼寝なんてもったいないなぁ」

「何かしたかったの?」

「治くんに美味しいお魚の焼き方習ったから披露したかった」

「じゃあ起きたら一緒に買い物行こ。晩御飯の。それでいい?」

「ふふ、楽しみ」

最初に会った時からなまえは佐久早にとって滅多にない気に入ってる人物だった。純粋で素直で汚れてないようななまえに心惹かれ、何とか隣に立つ権利をもぎ取った。でも誰にでも好かれるなまえがいつしか新しい花を求める蝶のようにひらひらと自分の元から飛び去っていくのが怖かった。

宮や稲荷崎の連中のようには出来ないけれど自分なりに大切に、大切になまえとの時間を大事にしてきた。触れる時は口で言えない分背一杯の愛情を込めながら。他の奴には絶対しないような気遣いもなまえにするのは苦じゃなかった。それが行動と表情に伴っていないことはあるけれど。それでも、いやそこが好きだとなまえが笑ってくれたから今はそれでいいと思う。

いつか俺がなまえじゃないとダメなようになまえも俺じゃなきゃダメなくらいに落ちてきて欲しい。こんな真っ暗な感情をひだまりの様な彼女には言えないのだけれど。

「あのね可愛くないって言ったけど、臣くんはかっこいいねん」

ふにゃりとなまえが笑う。もともと昼寝する習慣もない佐久早は眠たくなかったのだが、幸せそうに笑ったなまえによって熱を帯びて余計に寝れなくなる。そんな佐久早をよそに気持ち良さそうに寝息を立てていた。

腕の中で眠るなまえをいつもよりその温もりを近くに感じる。やっぱりぬいぐるみ汚れが落ちなかったと言って捨ててやろうかなんて物騒なことを考えながらその寝顔を堪能していた。

買い物から戻ると春の陽気ですっかり乾いてふわふわに戻ったぬいぐるみを「臣くんと同じ匂いがする」と嬉しそうに抱きしめるので、もう少し居候させてやるかとなまえから奪い取ったそれをベッドに投げ飛ばす。

「臣くん乱暴!」

「うさ吉は洗濯されて疲れてるから寝るんだよ」

「うさ吉やなくてぴょん吉やもん」

「どっちでもいい」

頬を膨らませて「ひどい」と話すなまえに、そいつが本当はベッドではなくゴミ箱行きだと伝えたらなんて言われるだろうか。フッと機嫌良さそうに笑う佐久早をなまえは不思議そうにみつめる。ベッドに投げ飛ばされたぬいぐるみもなんだか恨めしそうに佐久早を見ていた。

おひるね



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