「あ。起こした?ごめん」
なまえがうっすらと目を開けると目の前に恋人の顔があった。あまりに至近距離にあるせいで焦点が合わない。よく見れば、黒髪はまだほんのり濡れている。TVを観ながら、お風呂上がるのを待ってる間にふかふかのソファでうたた寝をしてしまってたらしい。またやってしまった。
ハッとして飛び起きようとするが、いまだに顔を覗き込まれたまま、変わらずに近い距離にいるせいで微動だに出来ない。同じく、変わらない表情からはその意図が見えない。間をうめるようになまえはパチパチとゆっくり瞬きを数回繰り返した。
「…よいしょ」
「え、ちょっと倫くん!?」
「暴れると危ないよ」
角名の長い両腕に抱きかかえられる。俗に言うお姫様抱っこと言われる抱き方をされて腕の中で慌てふためいた。危ないと言いつつ、体幹オバケと言われる彼はなまえが多少動いたところでびくともしてないのだけど。
困り果てるなまえだが、有無を言わさぬ態度に降ろしてもらえないと察知して大人しくするしかない。ゆるゆるとその首に腕をまわすと、ご満悦の様子で切長の目が細められた。
「はい」
「えっと…?」
そして連れてかれたのは寝室。無理矢理抱き上げられたのに、今度はガラス細工を扱うように優しく丁寧にベットに下ろされる。疑問符を浮かべるなまえにお構いなしで布団に潜り込んだ角名はさっさと横になって腕を差し出してくる。
「こちら営業中です」
至って真面目な顔で角名がそう言うとなまえは一瞬キョトンとするが、すぐにその行動が腕枕だということに気づく。過度にボケられたりするのを嫌うのに意外と冗談言ったりするんだよなと顔とのギャップが余計に可笑しくて「ふふ」と小さく笑った。
身体が資本のスポーツ選手だから気を遣ってしまって自分からお願いすることはないが、一緒に寝る時にいつも当然のように差し出されることが嬉しくてたまらない。「お邪魔します」とくっつくお風呂上がりなこともあっていつもより暖かくてホッとする。
「倫くんあったかい」
「なまえは冷たい。ソファで寝るからだよ。寝るなら先にベットに行ってって言ってたのに」
「ソファが気持ちよくて…」
「次もやったらさっきみたいに運ぶから」
「ちゃんとお布団で寝ます」
角名の胸元にグリグリと頭を押し付ける。なまえが入れたお気に入りの入浴剤の香りがまだ残っていて、薄らと甘い匂いがした。満足そうななまえと違い、半袖からでた白い細腕が少し冷たくなってることに呆れたようにため息を吐かれた。
以前にも何度か寝落ちしたことがあるあのソファ。あれは魔のソファだ。絶妙な座り心地はいつも眠気を誘う。いつもなら「こら」と優しく怒られ、手を引かれてベットに連れてかれるが、とうとう許してくれなくなったらしい。さっきの有無を言わさぬ態度の原因が分かり、あんな恥ずかしいことされるならもう二度としないでおこうと心に誓う。
「よしよし」
「倫くん?」
「いいこいいこ」
「ふふ、急にどうしたの?」
「間違えた。ソファで寝落ちするわるい子わるい子」
「もうしないってば!」
大きな手が優しく頭を撫でる。甘やかすのとふざけるタイミングが絶妙だなぁといつも思う。これ以上されたら恥ずかしくなる直前でこうしてからかうから、余計に当たり前のようにその甘さを受け入れてしまう。
「寝よっか」
「うん、おやすみなさい」
「…おやすみ」
まだ寝るにはいつもより少し早いなぁと思いながらもなまえが素直に寝る挨拶をする。ぎゅっと抱きしめられ、離れると今度は優しく微笑む顔に胸が高鳴る。もう少しこの時間を堪能したいけど、また明日にしよう。穏やかな声がゆっくりと眠気を連れてきた。
「…あの、倫くん寝ないの?」
「ん?可愛いなぁって思って」
「!?」
「恥ずかしい?ごめんごめん。ほら寝よ」
電気が消されて寝ようと思っていたのに。暗くなった部屋に目が慣れてくると、じいっと視線を向けられてることに嫌でも気づく。何か言われるのかと恐る恐る聞いてみると平然とそう言われたなまえは先程までの眠気が飛んでいきそうになる。謝ってるけど顔が完全に笑ってるのが暗がりでもよく見えた。嫌な予感がする。
「はい、目閉じて」
「言われなくても寝るもん」
「…好き」
「〜〜!!」
さっきから寝よう寝ようと言ってくる癖に今度は耳元で囁かれられる。にやにやと笑う姿に、ああもう完全にからかわれてるとなまえはようやく気づいた。
「寝れない?」
「寝させてくれないのは倫くんでしょ」
「それとも寝たくない?」
「…倫くんの意地悪」
「ごめんって。…もっかいぎゅーする?」
「する…」
予想以上に可愛い反応をするなまえに角名は寝るのがもったいない気がしてきていた。ぎゅっと抱きしめて、からかったことを謝るようにそっと髪に触れる。流石にこれ以上寝るのは邪魔するのはよくないなと寝かしつけるように撫で続けると、眠そうに目がとろんとしてくる。
「…まだ起きてる。もうちょっかいかけないから寝ていいよ」
「仕返ししたい…」
「眠いくせに」
「ねむくないもん」
「嘘、ねむねむの顔じゃん」
「…」
「あれ寝たかな?…寝てるか」
返事がなくなる代わりにスヤスヤと寝息が聞こえてきた。どうせなら、可愛い仕返しをしてもらってから寝てほしかったのだけど。寝るギリギリまで俺でいっぱいになって寝落ちしたことだけで十分満足できる。今頃、夢にも出て来てたらいいのに。寝顔を見ながら、角名はもっと俺に夢中になって欲しいと願う。絶対に言わないけれど。
「好きだよ、大好き」
そっと起きないように唇にキスを落とした。首にも。それは角名の執着心の現れかもしれない。さて、明日はどうやってからかってやろうか。