北さんと桜

家族旅行で行った北海道で買ってもらったキツネのキーホルダーはついこの間まで保育園の古くなった手提げカバンについていたが、今はなまえのピカピカのランドセルが揺れるたび大きなシッポがゆらゆらと揺れた。

「なまえちゃん、またね!」

「バイバイ!またあした〜!」

放課後、校庭で一緒に遊んで仲良くなった友だちに手を振って別れた帰り道、遠くからなまえの大好きな2人の声が聞こえた。

なまえの通う稲荷崎小学校のすぐ近くにある稲荷崎高校。なまえの住むマンションから小学校の登下校のルートがバレー部をはじめ、稲荷崎高校運動部のロードワークのルートが重なっており帰り道にこうして従兄妹たちの姿をなまえが見つけたことは初めてではなかった。

「侑くんと治くんや!」

競うように勢いよく走って行く2人の姿が見えたなまえは急いで駆け出すも双子の通った場所に辿り着いた頃にはもう誰もいない。見つけたことは数回あるが追いついて話ができたことはまだない。

「あーあ、行っちゃったぁ」

大好きな侑と治と会いたかったが全国区で活躍する現役高校生に小一の少女が追いつくのは不可能に近い。ましてこの春引っ越してきたばかりのなまえは登下校の道、侑と治の家に行く道以外ここらの土地勘が全くないので追いかけると言う選択肢がなく、また数日後のお泊まり行く日に会えるからいっかと半ば諦めて帰路に着こうとしたが、侑と治と同じジャージを着た者が通り過ぎていくのを数人見かけたなまえはふと思いつく。

「侑くんと治くん、またくるかもしれへん!」

___

いつもの放課後。普段であればロードワークを終えて体育館にいる時間であるが、今日は委員会に出席していた為、少し遅れて部活に参加した稲荷崎バレー部の主将、北は一人でロードワークにでた。

一周目、ランドセルを背負った、いやランドセルに背負われてると言ってもいいくらいのまだ小さな女の子がキョロキョロと周りを見ながら桜の木の下を行ったり来たり歩いてるのが見えた。

桜が散り始めてる季節。入学したばかりで道にでも迷ったのかと思ったのかと心配になったが小学校は目と鼻の先で流石に迷子ではないなと足を止めることなくその場を通り過ぎた。

二周目も全く同じ光景をみて誰かと待ち合わせでもしてるのかと思いながらまたその子のすぐ横を走りすぎたがラスト三周目に入った時、先程の子が今度は座り込んでいて思わず声をかける。

「具合悪いんか?」

「ううん、げんき」

下を向いたままじっと動かない少女に体調が悪くなったのかと心配して足を止めて、その子に合わせてしゃがみ込むとクリっとした瞳が北を見上げる。具合が悪いようなら小学校に駆け込んで教師を呼ばなあかんと思っていたがどうやら杞憂に終わったらしい。にっこり笑うその子にほっと息を吐く。

「さっきからここ居るやろ。誰か待ってるんか?」

「やくそくしてへんから、かってにまってるの!でも、こぉへんしあと100かぞえてかえろーっておもっててん」

「暗なる前にはよ帰らなあかんで」

「うん、お兄ちゃんはぶかつ?」

「せや、よぉ知ってるなぁ」

「ふふ、なまえのいとこのお兄ちゃんらもぶかつやってるねん」

人見知りしない子らしくニコニコと話を続ける少女に北は少し驚く。北はどちらかと言えば子どもに好かれるタイプではない。むしろ怖がられる方が多いと思う。チームメイトに表情筋死んどると言われることも少なくない。笑わん訳ではないけど、自分でも淡々としてる方やと自覚してるので懐っこく話しかけてくる少女に驚きながらも、屈託なく笑いかけてくる無邪気な姿にふと北の表情も緩む。

4月とはいえまだ少し肌寒い風が強く吹くと、雪のように桜の花びらがひらひらと降り注ぐ。花吹雪の中、花びらが舞うように楽しそうにくるくると少女も舞う。

コノハナサクヤヒメ。北がランドセルを背負った少女と同じくらいの小さな頃、祖母と一緒に桜を見上げながら、桜に宿る神様やと教えてもらった記憶がふと蘇る。

少女を見ながらそんな神様もおったなと思い出すが、美しさと儚さの象徴であるコノハナサクヤヒメとは違って、儚さなんて露ほど感じないくらい元気いっぱいに桜を見上げてはしゃぐ姿は神様と言うより桜の木の精のようだった。

「わー、さくらきれいやね」

「ふふ、頭に花弁ようけついとるで」

「?」

見るからに柔らかそうな栗毛色の髪には花弁が数枚付いていて、頭をさっと撫でて払ってやる。小さな頭の上に一つだけ花びらではなく一輪の桜がちょこんと落ちてきて、それをそっと掴んで少女に渡せば、キョトンとした顔で北をみつめる。

「ほら、桜の神さんからプレゼントや」

「わぁ、きれい!お兄ちゃんありがとう!」

ぽけっとした顔から一転、パッと花が咲いたように笑って桜の花を受け取る。桜の花なんて目の前に山ほど咲き誇っているのに北が渡した一輪の桜を宝物をもらったように、小さな小さな手でそっと包み込む。

「兄ちゃん部活戻らなあかんからもう行くわ。気ィつけて帰るんやで」

「バイバイ!」

嬉しそうに桜を見つめる姿をこのままもう少し見ていたいと思うがロードワークの途中である。ただでさえ委員会で遅刻してる身である為、これ以上理由もなく長居する訳にもいかない。別れを告げてまた走り出すと少しして背後から声が聞こえてくる。

「お花ありがとー!またねー!」

元気なその声に振り向けば、先程の少女がぴょんぴょんと飛び跳ねながら両手を大きく振っている。小さく手を振り返せば、それに気づいた少女は満足したように笑って小さな背中にランドセルを揺らして走っていった。

「すまん、遅れた」

「おー、信介!委員会お疲れさん」

「北、遅かったなぁ」

体育館に向かうと入り口付近にいた赤木とアランに声をかけられる。普通に話しだす気心知れた3年達とは違いすぐ近くにいた2年連中は北が来たことによって何か悪いことをした訳ではないのだが少し背筋をピンと伸ばした。

「北さん、花弁ようけついてますよ」

「ほんまや!今日風強かったから上手いことついてきたんやなぁ」

「俺、はたきましょか。はたかせたら高校No.1ですよ」

「何わけわからん事言うとんねん。そもそもスパイカーならまだしもお前セッターやろ!」

「体育館汚れるからええ。外でやるわ」

北の丸みを帯びた形のいい後頭部から肩と背中にかけて桜の花弁がついてることに気づいた治が声をかけると、北の真横にいた赤木が背中の花弁をみてケラケラと笑う。侑とアランのボケとツッコミを華麗にスルーしてジャージをはたけば花弁が小さく舞った。

「なんや、信介。機嫌ええな」

「せやな、ちっこい神さん見かけてん」

「なんやそれ」

小さく笑う北に大耳は「お前の冗談分かりづらいわ」と呟けば、北は微笑んだまま「本気やで?」と返ってきて大耳は首を傾げた。


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